2014年11月16日

ノイズを入れる

今の時代、「わざとノイズを入れる」ことくらい重要なことはない。今の時代とは、「情報化時代」だったり、「インターネット時代」だったり、「デジタル時代」のことを指している。

自分のライフスタイル、そしてライフデザインを考えるにあたって、ここ最近のテーマは、「デジタルとアナログの間」だ。今、本務校の清泉女子大学で「情報化時代の地球社会」という講義を行っているが、全15回のうちの1回、まさに「デジタルとアナログの間」というテーマで講義をしている。

今や、インターネットの内部は、様々な企業が様々な独自アルゴリズムを駆使しながら、みんなのインターネット利用にフィルターをかけてくる。その結果、自分のネットでの傾向(こんなサイトをよくみるとか、こんな商品をよくクリックしているとか、こんな人の意見が好きそうだとか)は、使えば使うほど増幅されていく。

自分の好きなモノ、好むモノばかりがネットでは表示されるようになり、居心地はいいかもしれないが、そういう人生は「ゴムまりの中に閉じ込められた」ようなもので、広がりを失っていくことになりがちだ。

「デジタル世界は玉石混淆、そして、多種多様な意見がゴロゴロと転がっているから、自分の思ってもいなかったものを見つけ、世界が広がっていく」という状況は、ほぼ消え失せてしまったと思った方が良い。この点は、もう何年も前から、優れた研究者たちが繰り返し論じているので、そんなに新しい視点ではない。

私たちは、サイバー世界で生きているわけではなく、極めてアナログなリアル世界で生きている。私たちの魂の乗り物たる身体も超アナログだ。でも、この情報化時代、極端な選択肢としてはあり得るが、アナログだけで生きていくという人は少数派だろう。私の場合、将来的にそうなることも覚悟しているが、今のところデジタルとアナログのバランスをどうとるのか、ということを考え続け、実践してみては、微修正を繰り返している。

今のところ行っていることといえば、まずは「情報ダイエット」。情報太りし頭が肥大化する状態がなんとも気持ち悪く、良質と思える情報に必要最小限触れる努力を続けている。真っ先に切ってしまったのが、ワイドショー的な話題や、新聞の社会面的な情報。たまに実家に帰ると、親にあきれかえられるくらい、この手の話を知らない。そうなって、約5年。今のところ、まだ、普通に社会生活を送れているし、特に困ったこともない。

理解できる言語が限られているため、外国の情報で日常的にアクセスしているのは、イギリス、アメリカのメディアと、中東のメディア。ホントは、ロシアとか、南米のメディアもウォッチしたいけど、それらは他の人の分析記事に頼っている。

良質なテレビ番組は取材力も構成力も優れていると思うから、本当はもっと日常的に接しないといけないとは思いつつ、24時間の配分上、うまく取り込むことが出来ず、結果としてほぼゼロ。損しているな、と思いつつも、可処分時間は有限だから仕方がない。

基本的な考え方は、重要な情報を逃しても、余計なノイズを入れるよりはいい、というもの。情報ダイエットは、「ノイズ」の排除の一環だ。

次にやっているのが、体をできる限りシンプルに保つ工夫。週の半分を大学がある東京で過ごし、残りの半分を家族と松本で過ごしているが、家族で楽しく美味しい食事(基本的には野菜中心)は、松本に帰ったとき。東京では、基本的に玄米、ごま塩、お味噌汁の3点セット。たまに、趣味の野菜料理。調味料にはこだわり、体からも可能な限り「ノイズ」を取り除こうとしている。

こういうノイズは取り除こうとしているが、入れようとしているノイズもある。それは、リアル世界での「偶然性」というノイズ。最近、ランニング+ウォーキングを始めたが、これもノイズを入れるための一環。家からスタートして、なるべく、毎回違うルートを走ったりする。そうすると予期しないことの連続。このノイズが発想を豊かにしてくれそうな実感がある。

金銭的にちょっと苦しくても、旅に出る。わりと行き当たりばったり。日本語も英語も全然通じなかったり。もう、そこは、ノイズだらけ。でも、これが心地よい。

生活の拠点を都会のど真ん中と自然環境豊かなところと2つ構え「デュアルライフ」をトライしているのも、定期的にノイズを入れることに役立っている。

で、こういうことは、いくらこうやってブログで書いても、ピンと来ない人には絶対にピンとこない種類のモノだと思う。逆に、ピンとくる人には、理由もなくピンとくる。ブログはデジタルだけど、私が貪欲に求めているのはアナログなノイズだということも関係しているはず。

さらに、「で、ノイズを入れると何がいいの?」となってくると、もっと説明が難しい。「うん。騙されたと思って、ノイズ入れてみて!」としか言いようがない。ホントは、もっと頑張れば、文章で説明できる気もするけど、今日は頑張れる気分ではないので、ゴメンナサイ。。。

近いうちに、もうちょっとちゃんと学術的な手続きに則って、「21世紀の情報化時代と政治・社会変動」について「覚醒する個人」というキーワードも交えつつ本の形でまとめてみたいという野望も持っている。是非、実現したい。

そういえば、オーガニックモノの製品もいろいろと試したけれど、最近気に入ってよく使っているのが、「ジョン・マスター・オーガニック」だというのも、ちょっとしたノイズが心地いいからかもしれない(ジョン・マスターは100%オーガニックではなく、ちょっとだけケミカルも入っている。でもこのバランスがいい感じで、今のところ気に入っている)。この「ちょっとノイズ」がいいのだけど、なんとも言語化できずもどかしい。

あんまり、というか、ほとんどわからない人には意味不明な文章だけど、今のテーマである「デジタルとアナログの間」を理解して実践するには、あえて「ノイズを入れる」という行為が重要だと思っているということ。ノイズは、生きているっていう実感も与えてくれるしね。当分の間は、「あえてノイズを入れる」ことを目指す日々が続くと思う。