2013年9月6日

自然との距離を測定する

清泉女子大学文学部地球市民学科の「フィールドワーク1(NZFW)」、順調に進んでいます。

エイベルタズマン国立公園にて、1泊2日、シーカヤック+トレッキングで過ごしてみたり、マオリの人々の思想を学んだ後、彼らと一緒に彼らの聖地に連れて行ってもらって、マオリの薬草学を直接学んだり……。

「自然と現代社会・現代文明との関係性を再考する」というテーマ、いろいろな角度から深めることができている。

横軸をとって、その左端は「自然」、右端は「現代社会・現代文明」だとしたら、自分はどのあたりでどのようなバランスをとりながら暮らしているだろうか。

マオリの人々と過ごす中で、彼らの自己紹介の仕方が印象的だった。図解すると、以下のような形になる。


この図は彼らの世界観を表している。山があり、その山を川が流れ、川は海に注いでいる。その上にカヌーが浮かんでいて、その上に乗っているのが我々だという世界観である。

自己紹介もこの世界観を反映させたものとなる。つまり、「私の山は●●で、私の川は●●で、私の海は●●で、名字は●●、名前は●●です」という具合である。

自分は「母なる大地」の一部であって、「名前」はいくらでも後から変更できるが、山や川や海はそう簡単に変わるわけではないという。

ところが、この自己紹介、主に東京エリアに住んでいる学生たちが真似して行おうとしたところ、うまくできない。言語の問題ではなく、自分の山が何で、自分の川が何か、自分を取り巻く自然環境についてよくわからないのだ。

多くの学生たちの生活が、自然から遠いところにある、ということもこんな自己紹介を経験することでも見えてくる。

東京都目黒区生まれの僕の場合、「私の山は富士山で(小学校の屋上から見えた山といえば富士山くらい・・・)、私の川は目黒川で、私の海は東京湾です……」みたいな話になってくる。目黒川も、東京湾も何だかねぇ……。

でも、この話をしてくれたマオリの人に聞いたところ、自分の山や川などを変更してもいいそうだ。出生地に必ずしも縛られることはないという。

松本在住の今では、「私の山は常念岳で、私の川は梓川で、私の海は太平洋(日本海とすべきかもしれないけど、自由に選んでいいというのなら太平洋を選ぶ)で……」となる。

自然との距離。ここNZにいると、毎日のように考えさせられる問題だ。