2013年7月7日

エジプトにおける政治変動の真因

エジプトは、2011年の「革命」に続き、わずか2年半たった今、新たな「革命」を経験している。エジプト政治研究的な視点からみると、この2つには差異がある。したがって、2011年の革命と2013年の革命を分けて論じ、両者を比較しながら、その違いについて検討することは、比較政治学や地域研究の文脈において、学術的寄与を果たすことになるだろう。

しかし、それは、表面的な問題に過ぎないという捉え方もまた一方で可能である。つまり、両者の「真因」は、同じ問題に端を発しているという捉え方である。私の専門は、「技術」という視点から政治や社会や経済のシステムの構造的変化を捉えるというものである。技術は政治の社会の経済の形を(時には、予想しなかったような形で)劇的に変えることがある。

とりわけ、この15年くらい注目しているのは、「創造的破壊」をもたらし得ると信じている「情報通信技術」と「エネルギー関連技術」である。

両者は、別物のように見えて、現実政治のレベルにおいて実は密接に関連している。この2つの技術が交錯して起こった、現実レベルでの政治変動がエジプトでの「革命」である、と考えている。

私は、2005年に提出した博士論文で、その後執筆した中東におけるインターネット導入の意味についての論文やコラムで、「この地域で大きな政治変動が起きる時にはインターネットが重要な役割を果たすに違いない」ということとその理由を書いてきた。そして、2010年〜2011年にかけて、チュニジアで、エジプトで、何が起こったかは皆さんが知っている通りである。

エジプトでの2011年の「革命」をうけて、いくつかの論文やコラムを書いた。原稿依頼の文には、私の2005年以降の研究業績などを指摘し、「情報通信技術」や「新しいメディアとしてのインターネット」の視点からこの問題を論じてください、というものが多かったが、その時の私は、この問題を論じるには、「インターネット云々」というよりも、「エネルギー関連技術」ないしは「国際社会におけるエネルギーをめぐる構造的変化」に着目すべきだと考えており、依頼論文や依頼コラムのなかに、さりげなくこのあたりの話を紛れ込ませていた。

たとえば、『アステイオン』誌(第77号)に寄稿した文章(2012年)には、以下のような記述がある。


しかしながら、エジプトの抱える社会・経済構造を考えるならば、たとえ強権的なトップが交代したからといって、ただちに状況が好転するとは考えにくい。

トップを追放し、より民主的な手続きによって新しい政府を誕生させたにもかかわらず、生活状況も雇用環境も改善されないという現実に直面したならば、大きな期待を抱いて立ち上がった「若者層」の希望は、失望へと変わることになるだろう。この失望が、新しく樹立された制度や政府に対する不信へとつながり、彼らの支持を失うような事態が生じれば、安定的な民主化プロセスそのものも大いに揺らぐことになる。

今回の政治変動の背景の1つとして、しばしば食料価格の高騰が指摘される。この点、エジプトでは、国内で産出される原油の輸出による収益を補助金として支出し基本的な食料価格を低く抑えるという政策をとっていた。しかしながら、この政策は限界を迎えつつある。

(その後、エジプトの原油供給量と需要量、輸出量などをグラフで示し、エジプト国内での原油消費量と供給量がほぼ拮抗するようになったのが2010年頃であることを示し)

したがって、中・長期的にエジプト政府が抱えることになる問題は、現状でもすでに高い失業率であるにも関わらず、増え続ける若年層に対していかに雇用を創出し、さらに貧困層が安い食料にアクセスできる環境をどうやって維持し続けるかということになる。崩壊したムバラク政権下では、原油の輸出収入が重要な役割を担ってきた。

しかしながら、現実には、図1(エジプトの原油をめぐる構造的変化)が示すような状況がある。これからエジプトで樹立されることになる「民主的な」政府は、こうした構造的な問題を抱えながら政権を担うことになる。これは今後の民主化プロセスを考えるにあたって、深刻な阻害要因となり得る。

同様の主張は、2011年の「革命」が起こった翌日に生放送で放映されたNHKの「ニュース深読み」という番組に出演した際にも指摘させて頂いた。そして、その時は、(短期的にはともかく中期的には)同様の構造(というか、サウジ産石油のEROIの低下が引き起こす問題)からサウジアラビア動向を心配しながら見守っているという発言したように記憶している(多くの中東研究者が考えているより、サウジの状況は「やばい」と思っている)。

簡単に想像できるように、もしそうなったら、日本は相当な困難を強いられる。日本は、原油の99%を輸入に頼っている上、そのうちの約90%は中東産の原油である。多くはホルムズ海峡を経由して日本に運ばれるが、サウジが混乱すると、その影響と同様は域内に広がる。ホルムズ海峡がどのような状況になるか、明確な予想はできないが、最悪の想定はしておく必要がある。

こうした見解は、別に私のオリジナルでも何でもない。エネルギー問題を石油ピークの視点から捉えている人にとっては、まさに「想定内」の出来事が、「想定通りに」発現したに過ぎない。

英語では、多くのエッセイを見つけることができるが、日本語ではこうした見解に触れることは少ない。実は、アラビヤ語でも、こうした見解はあまりないと思う(自分は知らない)。

関心のある人は、英語で読んでください、ということであるが、大谷先生がShiftMにて、翻訳記事を書いてくださっている。大谷先生のボランタリー精神には、本当に頭が下がる。ShiftMのサイト発案者として、記して感謝の気持ちを表したい。

その大谷先生の翻訳は、以下のリンクを参照。この革命は「石油ピーク革命」であり、同様の政治的混乱、政治変動は、世界各地で起こることになる。その端緒が開かれたのだ、ということ。


私もこの見解を支持する。そして、こうした指摘は、中東地域研究の立場からの論考では、ほとんど皆無であることもあわせ伝えておく(日本語でも英語でも)。