2013年7月5日

泳ぎは泳げる人から習いたい

若者に(実は、大半の年配層も「逃げ切れない」と思っていますので、全員がですが)今求められているのは、「こちら岸」から「向こう岸」へと移動することだと思います。

「こちら岸」と「向こう岸」という言葉には、複数のメタファーをみてとれると思います。

都会と田舎でもいいかもしれません。中央から地方へ。これもかねてからのわれわれの主張です。

でも、みんな動かない。動かないのではなく、動けない。そして、それは、僕は、つきつめると物理的な問題ではなく、心理的な問題だと思います。

エジプトで2011年に若者が蜂起した際の分析をしたことがありますが、物理的には何一つ変わっていません。警察も秘密警察も健在で、立ち上がれば顔面の形が変わるまで殴り殺される。そんな日常でした。

でも立ち上がった。殴りかかる警察に対抗する物理的な武器を持ったわけではありませんでした。

変わったのは、人々の精神面でした。

当時のリーダーの一人は、「Physiological Barrier of fear(恐怖の心理的壁)」と呼びました。それを乗り越えたのだと。

僕は、先日のフォーラムで、システムからの脱藩だと言いました。これは、物理的にも心理的にも、どれだけ現在の中央集権的なシステムから独立して、個人で立てるかが重要だといいました。

「こちら岸」は、われわれが知っている社会・経済システム。中央集権的な近代国民国家のシステムです。年金制度や医療保険制度、防衛や治安なども含まれます。

「向こう岸」は、どんなシステムで動いているのか。まだ、確立していません。だって、「向こう岸」で暮らす人は圧倒的少数派だから。まだ、個が目立っていて、社会もあまり形成されていません。

初期のインターネットコミュニティに似ているかもしれません。

いずれにせよ、現実に、向こう岸にたどり着かなくては、次の時代に埋没します。僕は、真剣に、ぼやぼやしていると、生命・財産の危機にも発展しかねませんよ、と言っています。

まあ、言ってもわからない人はいるわけで、その人はその人の選択。人生の終わり方の選択だと思っています。自分がやりたいのは、動く気がある人のサポート。

正直、動く気がない人への働きかけは疲れました。むしろ、直感的に現在のシステムはもたないな、と思っている人たちと共に行動したいと思っています。

こちら岸と向こう岸の間に横たわっているものを、たとえばドーバー海峡にしましょう。どっちがイギリスでどっちがフランスかはあえて言いません(笑)。というか、どちらでもいいのですが。

個人で渡るには、泳いで渡るしかない。手作りの小舟で渡ってもいいかもしれない。既存のシステムが創り上げたもの(たとえば、海峡のトンネルにユーロスター)では、向こうには行けない。行けるように見せかけて行かせない。だって、既存のシステムが既存のシステムからの脱藩者のためのルートを作るなんて、自身の死期を早めるだけですから。

ポイントは、個人で、大きくても家族単位くらいで渡るしかない。ということです。

われわれはこれまでも文明の形が変わろうとしていますよ、だからみんな向こう岸に行け、農業だ、向こうの世界は思ったより悪くないぞ。幸せ感だってアップだ。と言ってきました。正論です。異存ありません。

でも、みんな動かない。動けない。

それは、ドーバー海峡を渡るといっても、多くの人が泳ぎ方を知らないから。泳げない人に、いきなり海に出て、遠泳せよ、向こう岸に行けと言っても無理です。かなりの確率で溺れるだけです。

われわれが力を入れてきたのは、「向こう岸」に行くべき理由を論理的に科学的に学術的に訴えてきました。頭ではわかっている人が多いと思います。でも、心がついてこない。「Physiological Barrier of fear(恐怖の心理的壁)」は、失うものが少ない若者よりも、年配の人の方に強いです。これは、いろいろな人に語りかけてきた実感です。

だから、私は戦略を変えつつあります。理由はわからないけど(エネルギー問題の難しいことはわからないけど)、でも、向こう岸に行かないと、こちら岸は早晩「崩壊」するな、と感覚的に感じとっている人のお手伝いをしたいと思うようになりました。

だから、私のNZFWでは、「ライフスタイルデザイン」もテーマにしています。次の時代、どうやって生き抜くかです。

教えるべきは、まずは、スイミングです。泳げなければ、ドーバー海峡はわたれません。でも、既存の教育システムは、徹底的にスイミングを教育課程から排除しました。

ある先生の言葉で言えば「総サラリーマン化計画」です。だって、自分のシステムである近代教育システムを受けた人が、システムから脱藩する方法を身につけるなんて、システム側は悪夢ですから。

いずれにせよ、僕は、若者に徹底的にスイミングの方法を教えようと思うようになりました。途中で挫けそうになる人のために、「なぜスイミングを学ぶのか」、「なぜ向こう岸に自力で泳いでいく力が必要なのか」を、適宜、石油ピーク論や低エネルギー社会論の見地から説明はしますが。

ここで自省を込めて、スイミングのコーチに求められる資質を。

スイミングは、実際に泳がないと、いつまでたっても泳げるようになりません。座学で、スイミングの教科書を読んでも泳げるようにはなりません。絶対にです。本を読んで自転車に乗れるようになるのか、というようなものです。実際にやるしかないのです。

じゃあ、どんなコーチにスイミングを習いたいですか?僕だったら、スイミングがうまい人、少なくともちゃんと泳げる人に習いたいと思います。

コーチ自身がスイミングできなきゃ、そんなコーチ魅力ありません。自分はできないのに、「やれやれ!!!」というスタイルは自分はあまり好きではありません。

ドーバー海峡を何度も泳いで往復しているような人に、習いたいと思います。

そして、私は、まだ、ちゃんと泳げるようになっていない。われわれの多くもスイミングができないし、執行部メンバーにも泳げない人はいるように思います。少なくとも、私は、まだ、人に泳ぎを教えるほど、泳ぎがうまくないし、向こう岸にたどり着いていません。。。

地方分散だというから、大都市を離れ、松本を生活の拠点にしました。人に言う前に、自分が変わりたい、その姿を見せたいと思ったからです。

世界中の人脈を使って、いろいろな不測な事態に備えて、日本以外の場所での「シェルター」も開発中です。

いかに、汚染されていない空気、きれいな水、汚染されていない土壌で育った作物、丈夫な衣類、雨露しのげる屋根を確保するか、を考え、実際に行動しようと努力を続けています。それも、世界の複数の場所で。

使うことがなければ、ラッキーだったね、というだけの話で、社会が崩壊しなくても、そういう場所で家族や友人と過ごす時間は楽しいですしね。夕日の美しさに感動したり。みんなで料理を作って、食べて、テントで寝たり。

でも、不測な事態に、この種の備えは、役に立つこともあると思っています。

リスクへの対処の基本戦略は分散。だから、北半球ばかりでなく、南半球への進出をここ数年かけてやっています。NZFWのウラの意図は、そのあたりにもあります。

先日のフォーラムでの私のメッセージは、「Secure your own mask first before helping others」でした。

人に泳ぎを教える前に、自分がまずは自在にドーバー海峡を泳いで行き来できる人間になりたいと思っています。

「こちら岸」から「向こう岸」へ。

たぶん、若者だって、スイミングができない人から、スイミング習いたくないよね、という発想からの行動です。

よいスイミングコーチになるための訓練を日々積んでいる。そんな毎日を送っています。