2013年9月11日

Quality of Experience

NZFWの後半戦、舞台は、南島から北島へ。南島の港町ピクトンから、フェリーで首都のウェリントンに移動。

このFWでは、「自然の保護」とは一体何を意味するのか、誰が、どうやって行うのか、「保護」という概念は適切なのか、などなど主にNZの国立公園管理を事例に考えるということも行ってきた。

南島では、実際にトレッキングをしたりシーカヤックをしたり、DOC(Department of Conservation)の現場の方々と、現場を見て、感じて、体験してきた。

ウェリントンでの主な目的は、DOCの本部で政策担当者と「政策レベル」での話を聞き、インタビュー調査を行うこと。「現場レベル」と「政策レベル」両方からこの問題を考えてみようという試みだ。

学生たちが事前に用意して、DOC本部の担当者に送った「質問票」はどれも興味深い論点ばかりだった。特に、富士山が世界遺産に登録されたことで、観光や商業と保護とのバランスなど、日本でも関心が高まっているテーマも含めて、約2時間のディスカッションを楽しんだ。

中でも私が印象に残ったのは「Quality of Experience」という概念。NZは、基本的に「適度に自然の中に人を入れ、その人に自然のすばらしさを体感してもらい、その大切さをわかってもらうことで、保護の意識を高めよう」というアプローチだ。そのためには、自然の中で「素晴らしい」体験をする必要がある。

これが「Quality of Experience」である。「体験の質」を重視するのだ。そのため、トレッキングのトラックを歩く人数を「山小屋」の収容人数との関係で制限したり(70人限定とか)、トレッキングの方向をあえて一方通行にするなどの工夫(前からすれ違う人を気にすることなく自然を堪能できる)をしている。

この種の概念を国立公園管理に取り入れるという意識は、日本では薄いように思われる。自然を体験するだけでなく、その体験の質をどうやったら高められるか、そしてそれが人々の意識変革にどうつながるのかまでを視野に含めたアプローチである。

富士山の山頂でのご来光は確かに素晴らしい体験だが、山頂が人混みで、ガヤガヤした中でのご来光より、人も少なく静かな環境でのご来光の方が感動は大きいだろう。そのためには、「制限」が必要になる。もし制限するならば、誰がどのような基準で「制限」するのかを決めなくてはならない。「商売」や「観光」とのバランスも迫られる。「正解」はない。

このNZFW、学生たちの受け止め方はそれぞれだったのだと思う。でも、どの学生にとっても貴重な体験にはなっただろう。10年後に、20年後に、結婚して子供も産み、家族ができてから、ふと今回のFWを思い出す人がいるかもしれない。その時、世界はどうなっているか、またその学生がどんな生活を送っているかわからないが、これからの人生を切り開いていく上で、いつか何かの役に立てばいいなと思う。

教育というのは、種を植える仕事なのだと思う。収穫までは長い道のりだ。すぐに成果は出ないし、手をかけるのをやめてしまえば枯れてしまうかもしれない。いつか、ステキな実となって、その果実を楽しむ日が来てくれたら、担当教員としてこんなにうれしいことはない。


追記:
清泉女子大学文学部地球市民学科の第1回NZFWが、滞在先のネルソンの地元紙「Nelson Mail」に取りあげられました。参加学生にとっても、いい思い出になったことと思います!このFWを支えてくれた多くの人に改めて感謝!


"Japanese university's dream Nelson Visit" (Nelson Mail, Sep. 13, 2013)












2013年9月6日

自然との距離を測定する

清泉女子大学文学部地球市民学科の「フィールドワーク1(NZFW)」、順調に進んでいます。

エイベルタズマン国立公園にて、1泊2日、シーカヤック+トレッキングで過ごしてみたり、マオリの人々の思想を学んだ後、彼らと一緒に彼らの聖地に連れて行ってもらって、マオリの薬草学を直接学んだり……。

「自然と現代社会・現代文明との関係性を再考する」というテーマ、いろいろな角度から深めることができている。

横軸をとって、その左端は「自然」、右端は「現代社会・現代文明」だとしたら、自分はどのあたりでどのようなバランスをとりながら暮らしているだろうか。

マオリの人々と過ごす中で、彼らの自己紹介の仕方が印象的だった。図解すると、以下のような形になる。


この図は彼らの世界観を表している。山があり、その山を川が流れ、川は海に注いでいる。その上にカヌーが浮かんでいて、その上に乗っているのが我々だという世界観である。

自己紹介もこの世界観を反映させたものとなる。つまり、「私の山は●●で、私の川は●●で、私の海は●●で、名字は●●、名前は●●です」という具合である。

自分は「母なる大地」の一部であって、「名前」はいくらでも後から変更できるが、山や川や海はそう簡単に変わるわけではないという。

ところが、この自己紹介、主に東京エリアに住んでいる学生たちが真似して行おうとしたところ、うまくできない。言語の問題ではなく、自分の山が何で、自分の川が何か、自分を取り巻く自然環境についてよくわからないのだ。

多くの学生たちの生活が、自然から遠いところにある、ということもこんな自己紹介を経験することでも見えてくる。

東京都目黒区生まれの僕の場合、「私の山は富士山で(小学校の屋上から見えた山といえば富士山くらい・・・)、私の川は目黒川で、私の海は東京湾です……」みたいな話になってくる。目黒川も、東京湾も何だかねぇ……。

でも、この話をしてくれたマオリの人に聞いたところ、自分の山や川などを変更してもいいそうだ。出生地に必ずしも縛られることはないという。

松本在住の今では、「私の山は常念岳で、私の川は梓川で、私の海は太平洋(日本海とすべきかもしれないけど、自由に選んでいいというのなら太平洋を選ぶ)で……」となる。

自然との距離。ここNZにいると、毎日のように考えさせられる問題だ。









2013年8月30日

ローカルの魅力

グローカルという言葉がある。随分前によく使われていたように思う。グローバル化時代のローカルを、わりとポジティブに表現した言葉だと理解している。

最近は、その当時より耳にする機会は減ったようにも感じるが、この言葉の意味は、いささかもその価値を失っていない。むしろ、増大しているし、この先、ますます「ローカルの魅力」について考える重要性が増すことになるだろう。

「ローカルの魅力」というが、ローカルなら何でもいいわけでもない。どんどんローカルな魅力をこれから発見しましょう、というだけのことでもない。やや厳しくいうなら、同じローカルでも、魅力あるローカルと、そうでもないローカルがある。ただ、ローカルならいいわけではないのだ。

今は、学生たちと「フィールドワーク」という授業のため、NZの田舎街に来ている。でも、ただの田舎街ではない。田舎の良さにだけ溢れているというわけでもない。もちろん、周りの自然は素晴らしい(3つの国立公園と2つの海洋保護区に囲まれている)が、徒歩で完結する街の中心部には、魅力溢れるローカルなお店が溢れている。

レストランもカフェもレベルが高いし、アーティストのお店も多い。映画『ロード・オブ・ザ・リング』で使用された指輪を制作したというジュエリー専門店もこの街にある。

今回のフィールドワーク講義の共通テーマは、「自然と現代社会・現代文明との関係性を再考する」というものだが、学生たちには、「ローカルの魅力の源泉」についても調査してもらっている。

「魅力溢れるローカルとそうでないローカルとの分かれ道は何か?」というテーマである。今も、学生たちは、街を歩き、人に会い、話し、感じ、食べ、笑いながら、フィールドワーク敢行中である。明後日からは、泊まりがけで国立公園を、ネイチャーガイドと共に歩く。

「ローカルの魅力の源泉」という次の時代に核となるテーマの答えは、おそらく机の前で考えていても、ネットでどれだけ情報を集め、記事を読み、動画を見てもわからないと思う。

「Don't think, just feel!」の世界である。来て、見て、触れて、五感プラスαで「感じる」ことだ。その上で、自分の頭で判断したらよい。「常識のワナ」にとらわれないことだ。

「感動の質と量が深く大きいほど、人生はより豊かになる」と信じている。「自然が美しすぎて涙が出た」という種類の感動を大事にしたい。









2013年8月27日

最近の中東情勢をめぐる所感

エジプトもシリアも動いている。両国とも、多くの友人やお世話になった方々がいるので、心を痛めている。

エジプト情勢やシリア情勢について、書いたり、話したりしたことのいくつかが、活字になったり、番組になったりした。


シリア・レバノンを知るための64章』明石書店、2013年。

『エジプト政変』の裏に人口問題と油田減衰」『FACTA』2013年9月号。

エジプト騒乱に見る近代の終わりの始まり」(マル激トーク・オン・ディマンド 第645回(2013年08月24日)


今問題が起きているアラブ諸国の多くは、構造的要因が相俟って、情勢も展望も厳しい。


ここで指摘しているような構造的要因は、今混乱が起きている国や社会に特有のものではない。むしろ、先進民主主義国も含め、大いに関係がある。共通する問題を抱えているし、これから抱えることになる。


シリアもエジプトも、どこか遠い国の不幸なお話しでは済まされない。そのことに気づけるか、気づけないかの差は大きいと思う。

2013年8月19日

ミニマムライフ実践への道のり

思えば自分の人生のちょっと先を走っている人たちは、バブルの残り香を残しながら、その先に進んでいったように思う。常に、なんとなく、バブル時代への憧れが心のどこかにあったように思う。バブルを生きる大人たちの真似をしてみたかった。そんな想いがあったからだろう。

今でもあるのかもしれない。ホイチョイの世界観大好きだし、『私をスキーに連れてって』とか『バブルへGO』とか何度観たことか。でも、さすがに、自分なりの価値基準ができてきたように感じている最近は、もう少し離れたところから物事が捉えられるようになった気がする。

親と共に行動していた小学校時代を終え、中学に入ってからは、基本的に親へのお伺いは最小限で(たいがい自分ではどうしようもない規模のお金がかかることについての相談だった)、自分基準で自分の行動を決めていった。自分基準で決めているつもりでも、社会やマスコミや先輩たちや大人たちや友人たちの影響は大いに受けており、実際は決めさせられていたというところだろう。

これまでは、得られなかったバブルへの憧れも手伝って、これ持っているとかあれ持っている(ブランドものにはじまり、クルーザーとか、自家用ジェット機とか)というのが価値だったが、今オモシロイのは、どれだけ持っていないか、だという価値観に賛同するようになった。

というわけで、最近は、「ミニマリズム」の思想が面白くて、影響を受けながら実践を続けようと努力を続けているが、道のりは長そうだ。私の場合、モノをミニマルにするだけでなく、情報を含め、身の回りに降りかかるあらゆる「ノイズ」を可能な限り排除したいと楽しみながら、環境を整えている。

身の回りのものを捨て、スッキリさせ、自分に何が必要で必要でないかをハッキリさせていくためには、「移動」してみることだ。最近の生活パターンでは、山登りや、キャンプや、複数拠点をめぐりながらの国内移動や、比較的長期の海外出張などなど、「移動」の機会の度に、何が必要で何が必要でないか、いろいろと試行錯誤している。

家族単位で、家の中をシンプルにするには、引っ越しが役立っている。別に、ミニマリストを極めるために引っ越しをしているわけではないが、結果的に、グンとものが減るのは、引っ越しの後である。

物理的に活動拠点が変わると、モノだけではなく、人間関係なども含め、目に見えないものも一旦リセットされる。細かいことでは、新聞をとるのかとらないのか、ケーブルテレビには加入するのかしないのかなど、情報関係もリセットされる。モノがスッキリすることも気持ちがいいが、この情報周りのノイズからリセットされる気持ちよさも格別だ。

数えてみたら、結婚した2002年以降、自分の引っ越し回数は、9回になろうとしている(今月末もミニ引っ越しだ!)。引っ越しの度に、確かに身軽になっていく。気持ちがよい。でも、しばらく暮らしていると、すぐにモノは増えていくので用心しなくてはならない。

ここ数年は、複数拠点を移動しながらの仕事が多いのだが、年々、移動の度に持ち歩く荷物が少なくなっている。とはいっても、世の中のミニマリストたちは、もっとすごいことになっているので、こりゃ長い道のりだ、とマイペースで少しずつ自分が心地よく感じる環境を整えているところだ(とはいえ、まだ、自分の中に「得られなかった永遠の憧れとしてのバブル」の存在を感じることはある。たまにせめぎ合い)。

「捨てる」とか「手放す」は、もしかすると前の時代的にはネガティブな響きだったのかもしれないが、次の時代はポジティブな響きになるに違いない。実際、自分の周りにも、そんなポジティブさを求めて「捨てたり」「手放したり」する人は確実に増えている。

2013年7月13日

ノイズの排除

清泉女子大学文学部地球市民学科での担当科目「フィールドワーク(NZ)」を、様々な側面から手伝ってくれている四角大輔さんからお誘いを受け、東京工業大学で行われた大輔さんのトークライブに行って来た。

書き切れないくらいの刺激を受けたが、自分で忘れないようにするために、1つだけ書き残しておきたい。

それは、「ノイズの排除」というキーワード。今の自分にとって大きな関心事であり、日々トライを続けているのが「ノイズの排除」。同じことを大輔さんも熱く語っていて、これまた心に響いた。

何をもってして「きちんとした」なのか、定義したり言語化するのは難しいが、とにかく「きちんとした」思考を自分と向き合いながら行うためには、どうしても「ノイズの排除」が必要だ。

インターネット時代というか、ソーシャルメディア時代に入って、一段とノイズが入りやすくなっている中、ノイズの割合を極限まで下げ、自分に必要な刺激の割合を極限まで高める「術」を身につけることは、「きちんとした」思考を行うための必要条件ではないだろうかと考えている。

今の世の中、新しい情報や刺激を仕入れるのはたやすいが、全体の流通情報量・刺激量が激増しているため、結果として本当に自分にとって価値のある情報や刺激に触れる確率が減っている。

そして、人間が処理できる情報や刺激の量は、流通量の激増のような形で、増加するわけではない。そんな中で、限られた人生、自分にとって心地よい・有益な刺激に触れる時間と割合と純度を上げるための手っ取り早い方法は、意識的に「情報ダイエット」することだ。

なんだかちょっとスピリチュアルな響きになってしまうかもしれないが、ノイズに触れていると、ノイズの持っているバイブレーションに自分も同調しやすくなる。そんなことがない人がいるのかもしれないが、私の場合、どうしても自分がネガティブな感情をいだくものに触れていると、引っ張られてしまう。

それだけ、弱い人間なのかもしれないが、どう変えていいかもわからないし、変える方法をあれこれ試す時間があったら自分の研究に没頭したいというタイプなので、結論として、「ノイズに触れる機会を減らそう」と心がけるようにいたっている。

テレビを全く見なかったり、新聞を定期的に読まなかったり(もちろん、自分の研究上の関心に関わるものは、過去のものまで徹底的に遡って読み込むけど)、ラジオも聞かなかったり、電車の週刊誌の中吊り広告を意識的に見ないようにしたり、街中に溢れる広告もなるべく凝視しないようにしたり、ということになっている。

もちろん、結果として、自分を高めるにあたって有益であろう情報や刺激を逃しているのだろうけど、今のところ自分にとっての「情報ダイエット」は、デメリットよりもメリットの方がはるかに大きいと感じている。

まあ、「人生の中にこういう時期があって何が悪い!」という程度のことに過ぎない。だが、今の自分のステージには必要な訓練なのだろう。

もう一つ、情報や刺激との接し方で、最近意識的に心がけているのが、オンラインよりもオフラインを重視するという態度である。確か、タレブが書いていたのだと思うけど、「人は書き記し残さないことでも、話ならする」。そして、往々にして、その種の情報や刺激が新しいアイデアや行動につながるものである。

その意味でも、オフラインで大輔さんの大学生向け講義に接することができたのは、よかった。プラスのエネルギーをたくさん浴びて、松本行きの電車に乗り込んだ。

「ノイズの排除」。このテクニックを身につけることが、イノベーティブでクリエイティブな思考には欠かせない。どの分野の専門家でも同じ感想を持つと思うが、(少なくとも自分の分野に関して)「本当に面白いワクワクするような情報や刺激は、残念ながらネット上には(ほとんど)転がっていない」のだ。


***ちなみに、大輔さんのトークライブ中に、1回鳥肌が立って、2回ボロボロと泣いた。自分の中で感情コントロールのリミッターを解除するって、ホントに気持ちがいい!***





2013年7月9日

ファインダーの覗き方

イベントも無事に終わった。清泉女子大学文学部地球市民学科の在学生・卒業生の有志たちによる手作りイベント「プロジェクト2013:フォトコンテストを通してつながる地球市民」のことである。

最終日に行われたのは、「Tokyoフォトコンテスト」。在学生と卒業生がグループを組み、2日目にTokyoを舞台にFWを行った成果発表会だ。提出物は、プレゼンのテーマと3枚の写真のみ。同じレギュレーションでの勝負(写真の数を減らしても増やしてもいけない)となる。

審査員が豪華だ。今回は、5名の審査員をお迎えした。

・実吉典子先生(清泉女子大学名誉教授)
・山中仁美先生(国際政治学者・名古屋商科大学)
・ナジーブ・エルカシュさん(ジャーナリスト・リサーラメディアプロダクション プロデューサー)
・岡本岳大さん(広告プランナー・クリエーター・博報堂)
・井上優子さん(カメラマン)

コンテストそのものも、1年生・2年生主体のグループ発表としては、かなり凝ったものが多く、とても楽しめるものだった。みんなのガンバリが伝わってくるプレゼンテーションだったので、教員としてもとてもうれしい。

これから、本格的なFW手法を勉強し、批判的精神も養い、「自ら問いをたてられる」そんな知的で・ステキな女性へと成長していってもらいたい。それが、大学で教育を受けたことの意味だから。

学生たちの発表にも感動したが、やはり審査員の先生方のコメントには、私も大いにうなずき、しかも感動した。

たとえば、山中先生。総括コメントで、自分が研究者として常に心がけていることを話してくださった。それは、「小さな窓から、なるべく大きな社会の景色をみる」というもの。

得てして、気合いが入ってしまい、自分が扱えないくらい社会の大きな問題を大きなまま捉えてしまいがちなのだが、実際に自分が扱える範囲は、カメラのファインダーのような小さな窓。でも、そこは小さくても、なるべく大きな社会をその先に収めようという努力の積み重ねだと。

「みんなが、昨日のFWで今日の発表で試みたのは、まさに、カメラのファインダーを通して、Tokyoの隠された(社会性のある)テーマという大きな景色を収めることでしたね」という言葉には、多くの卒業生・在学生が心を動かされたようだ。

私のもとにも、「山中先生のあの言葉に感動しました」と報告に来てくれた在学生や卒業生がいた。

みんな、素晴らしいコメントをくれたのだが、もう1人だけご紹介。カメラマンの井上優子さんのコメントだ。このコメントは、卒業生からの質問に井上さんが答えたもの。

質問は、「プロのカメラマンとして、シャッターを押す時、カメラに収める時、常に心がけている、ぶれない軸とは何ですか?」というもの。

その回答は、「風景なのか、人物なのか、いろいろありますが、人物写真ということでお話しさせてもらいますね。私は、シャッターを押す時、いい写真を撮ろうとか、これによって有名になろうとか、ましてや名誉やお金がついてくるだとか、そういうことは考えません。写真を撮られる人が、最も自然体でいて、その人の本当の表情を撮り、そして、撮った写真で撮られた人が喜んでくれるような写真。そういう写真を撮ることだけを考えています」というものだった。

この言葉に、彼女のプロ魂を痛いほど感じた。僕らは、いい写真を撮ろうとか、きれいな写真を撮ろうとか、そんなことをつい考えてしまう。でも、彼女は、「撮られた本人が一番喜んでくれる写真」を撮ろうとするという。それだけは、これまでぶれたことのない軸だと。

井上さんの言葉も、多くの在学生・卒業生の心に響いたようだ。このイベントに参加した人たちは、いろいろな視点から、いろいろな感想を、いろいろな刺激を受けたに違いない。

写真という、普段から使っている「メディア」の表現の可能性を、テーマの多面性を、自分の足で現場を歩くことの意味を、人と関わると言うことの意味を、そして、自分も社会の構成員の一人であるということの意味を、私自身も考えさせられる3日間だった。

皆さんお疲れ様。そして、全くのボランティアで参加してくださった審査員の方々、金銭面で物品面でサポートしてくださった協賛企業さま、本当にありがとうございました!

**当日のFWの途中経過は、ツイッターのハッシュタグ「#PJT2013FW」を参照。**
















2013年7月7日

エジプトにおける政治変動の真因

エジプトは、2011年の「革命」に続き、わずか2年半たった今、新たな「革命」を経験している。エジプト政治研究的な視点からみると、この2つには差異がある。したがって、2011年の革命と2013年の革命を分けて論じ、両者を比較しながら、その違いについて検討することは、比較政治学や地域研究の文脈において、学術的寄与を果たすことになるだろう。

しかし、それは、表面的な問題に過ぎないという捉え方もまた一方で可能である。つまり、両者の「真因」は、同じ問題に端を発しているという捉え方である。私の専門は、「技術」という視点から政治や社会や経済のシステムの構造的変化を捉えるというものである。技術は政治の社会の経済の形を(時には、予想しなかったような形で)劇的に変えることがある。

とりわけ、この15年くらい注目しているのは、「創造的破壊」をもたらし得ると信じている「情報通信技術」と「エネルギー関連技術」である。

両者は、別物のように見えて、現実政治のレベルにおいて実は密接に関連している。この2つの技術が交錯して起こった、現実レベルでの政治変動がエジプトでの「革命」である、と考えている。

私は、2005年に提出した博士論文で、その後執筆した中東におけるインターネット導入の意味についての論文やコラムで、「この地域で大きな政治変動が起きる時にはインターネットが重要な役割を果たすに違いない」ということとその理由を書いてきた。そして、2010年〜2011年にかけて、チュニジアで、エジプトで、何が起こったかは皆さんが知っている通りである。

エジプトでの2011年の「革命」をうけて、いくつかの論文やコラムを書いた。原稿依頼の文には、私の2005年以降の研究業績などを指摘し、「情報通信技術」や「新しいメディアとしてのインターネット」の視点からこの問題を論じてください、というものが多かったが、その時の私は、この問題を論じるには、「インターネット云々」というよりも、「エネルギー関連技術」ないしは「国際社会におけるエネルギーをめぐる構造的変化」に着目すべきだと考えており、依頼論文や依頼コラムのなかに、さりげなくこのあたりの話を紛れ込ませていた。

たとえば、『アステイオン』誌(第77号)に寄稿した文章(2012年)には、以下のような記述がある。


しかしながら、エジプトの抱える社会・経済構造を考えるならば、たとえ強権的なトップが交代したからといって、ただちに状況が好転するとは考えにくい。

トップを追放し、より民主的な手続きによって新しい政府を誕生させたにもかかわらず、生活状況も雇用環境も改善されないという現実に直面したならば、大きな期待を抱いて立ち上がった「若者層」の希望は、失望へと変わることになるだろう。この失望が、新しく樹立された制度や政府に対する不信へとつながり、彼らの支持を失うような事態が生じれば、安定的な民主化プロセスそのものも大いに揺らぐことになる。

今回の政治変動の背景の1つとして、しばしば食料価格の高騰が指摘される。この点、エジプトでは、国内で産出される原油の輸出による収益を補助金として支出し基本的な食料価格を低く抑えるという政策をとっていた。しかしながら、この政策は限界を迎えつつある。

(その後、エジプトの原油供給量と需要量、輸出量などをグラフで示し、エジプト国内での原油消費量と供給量がほぼ拮抗するようになったのが2010年頃であることを示し)

したがって、中・長期的にエジプト政府が抱えることになる問題は、現状でもすでに高い失業率であるにも関わらず、増え続ける若年層に対していかに雇用を創出し、さらに貧困層が安い食料にアクセスできる環境をどうやって維持し続けるかということになる。崩壊したムバラク政権下では、原油の輸出収入が重要な役割を担ってきた。

しかしながら、現実には、図1(エジプトの原油をめぐる構造的変化)が示すような状況がある。これからエジプトで樹立されることになる「民主的な」政府は、こうした構造的な問題を抱えながら政権を担うことになる。これは今後の民主化プロセスを考えるにあたって、深刻な阻害要因となり得る。

同様の主張は、2011年の「革命」が起こった翌日に生放送で放映されたNHKの「ニュース深読み」という番組に出演した際にも指摘させて頂いた。そして、その時は、(短期的にはともかく中期的には)同様の構造(というか、サウジ産石油のEROIの低下が引き起こす問題)からサウジアラビア動向を心配しながら見守っているという発言したように記憶している(多くの中東研究者が考えているより、サウジの状況は「やばい」と思っている)。

簡単に想像できるように、もしそうなったら、日本は相当な困難を強いられる。日本は、原油の99%を輸入に頼っている上、そのうちの約90%は中東産の原油である。多くはホルムズ海峡を経由して日本に運ばれるが、サウジが混乱すると、その影響と同様は域内に広がる。ホルムズ海峡がどのような状況になるか、明確な予想はできないが、最悪の想定はしておく必要がある。

こうした見解は、別に私のオリジナルでも何でもない。エネルギー問題を石油ピークの視点から捉えている人にとっては、まさに「想定内」の出来事が、「想定通りに」発現したに過ぎない。

英語では、多くのエッセイを見つけることができるが、日本語ではこうした見解に触れることは少ない。実は、アラビヤ語でも、こうした見解はあまりないと思う(自分は知らない)。

関心のある人は、英語で読んでください、ということであるが、大谷先生がShiftMにて、翻訳記事を書いてくださっている。大谷先生のボランタリー精神には、本当に頭が下がる。ShiftMのサイト発案者として、記して感謝の気持ちを表したい。

その大谷先生の翻訳は、以下のリンクを参照。この革命は「石油ピーク革命」であり、同様の政治的混乱、政治変動は、世界各地で起こることになる。その端緒が開かれたのだ、ということ。


私もこの見解を支持する。そして、こうした指摘は、中東地域研究の立場からの論考では、ほとんど皆無であることもあわせ伝えておく(日本語でも英語でも)。


2013年7月6日

高城剛さんのiPadへのスタンス

過去、いろいろなメルマガを購読した。でも、ある時から、インターネットには本当にオモシロイ情報は少ないな、リアルな出会いと会話の中から生まれる相乗効果で得られるアイデアの方が自分は興奮するな、と思い、以来「情報ダイエット」に励んできた。

新聞も(紙のものは)読まないし(電子データでも、日本の新聞はあまり読まないかも)、テレビも見ないし(数日間にわたって我が家に遊びに来る友人の多くが共通して漏らす感想は「ホントに、テレビがつく時間ゼロなんだね」である)、ラジオも聞かない。

よく実家の親に、あまりにも社会の出来事を知らないのでビックリされる。とはいえ、我が母親にとっての「社会の出来事」は、ワイドショーで取りあげられているような「出来事」であって、それは、2ヶ月もすれば忘れ去られるようなものばかりだ。

そんな中、ちょっと変わった着眼点が面白くて今でも購読しているのが、高城剛さんのメルマガが。これ、しかも有料。まあ、断言はできないけど、無料メルマガで、定期的にしっかり読みたいという内容のものはほぼ皆無な気がする。有料メルマガでさえ、いろいろ試して、どんどん淘汰されていった。

この前、はじめて、メルマガ経由で高城剛さんに質問をした。そうしたら、今週のメルマガで回答をくださった。iPadについての質問(私の質問は長いので、一部改変、カット)。

-------------------------<以下、高城剛さんのメルマガより>------------------------------
▽Q.15▼▽
質問させてください。先日、仕事のほとんどがiPad miniで済んでいる、そして来年はMacBookAirも持ち歩かなくなるだろうとおっしゃっています。ブログではiPad miniが入る特注のデニムを注文されている様子を語っていらっしゃいましたね。

私は大学教員という仕事柄、文章を書く仕事、そしてアイデアをまとめておく仕事、そのアイデアもほとんどが文字情報という状況になっています。授業準備のためにキーノートでスライド作ることもあります。いろいろ試してみようと思いiPadだけで1週間の出張に出たこともありましたがやはりキーボード入力というか、文字を扱いスライドを作りという作業をiPadのみで行うことは、かなりのストレスとなりました。MacBookAirの方が、まだまだ、作業効率が良いと感じています(修行が、工夫が足りんのだ、という気もありますが)。

高城さんは、 iPadだけで書籍の半分を書いたとおっしゃっていますが文章の入力に関してないしはアイデアを文章の形でアウトプットするに際して何か工夫をされていらっしゃいますか。現在のハードと周辺機器の状況において、文章をまとめていく仕事をするにあたっても、タブレットで完結する工夫と努力を続けた方がいいと思われますか(チャレンジングだし、楽しさもありますが、余計なストレスが、大好きな、そして深い思索には不可欠だと思っている「ボーッと考える無駄時間」を侵食しているようにも感じています)。

そう感じるならば、そう感じるうちは、MacbookAirで対応するべきだと思いますか。便利な使い方のTipも含めてiPadを使った文書作成、アイデアのアウトプットに関してお知恵を拝借できればと思います。よしくお願いいたします。

【 A 】
先日、東京の山手線に乗り、思わず良いアイデアが出たので立ったままMacBookAirを開いて原稿を書いていましたが、とても違和感と周囲の冷たい目がありました(笑)。当たり前と言えば当たり前ですが。

一方、iPad miniで原稿を書くのには、僕もまだまだ慣れない事が多くあります。なにより、ipad miniとMacBookAirで書くことの一番の違いは、iPad miniは頼んでもいない予測変換がありますので、文体が変わり、本来書きたい事と思わず違う事を書いてしまう事にあります。

しかし、良い面はいつでもどこでもそれなりに書けることです。いままで、僕は原稿を書くときに、決まった場所(と言っても飛行機の中やカフェなどですが)でそれなりに時間を決めて書いていました。ですが、iPad miniをポケットに入れる事によって、決まった場所は持たずに、ウロウロしながら思いついたときに少しづつ書くスタイルに少しづつ変わりつつあります。

結果、なにも持たずにポケットにiPad miniだけを入れて街をブラブラし、思いついたら細かく入力し、そのような「断片を最後に整理」する作業として、MacBook Airを使うようになりました。これが、僕の言う「半分はiPad mini」の作業スタイルなんです。

作業効率だけで言えば、MacBook airのほうが勝るのは明白です。でも、なにも考えないでipad miniにメモを積み重ね、最後にMacBookAirで仕上げる二段方式は、いままで、同じ場所でMacBookAirで執筆を続ける僕とは違った自分の創作に感じるのです。


-------------------------<以上、高城剛さんのメルマガより>------------------------------

対流圏から考える南半球の価値

今から、10年くらい前、ヨーロッパにてお城に住んでいるような人たちと同じレベルで、同じコミュニティで暮らしている人について、とあるプロジェクトの立ち上げに関わったことがある。

その方は、世界中に土地やビルを持っているので、ミーティングの場所もグローバルだった。第1回目のミーティングは、カナダの島だった。ヨーロッパにいる秘書の方から、カナダ行きの航空券が送られてきた。

そんな世界をちょっとだけ垣間見たことがある。その時に聞いたのは、数十年前、ヨーロッパの金持ち連中は、世界中の「水源地」を押さえにいったと。たとえば、今から30年前、確かに日本でもスーパーにペットボトルやビン入りの「ミネラルウォーター」が売っていた。私の親も含め、よく話題にしたものだ。「誰がこんなもの買うのかね?」と。

でも、あれから30年。日本人で、一度もペットボトル入りの水を自分のお金で買ったことのない人は、どのくらいいるだろう。皆無だろう。ほぼ毎日、コンビニで買っている人すらいる。

ヨーロッパの金持ち連中には、今の姿がリアルに想像できたのだ。みんなが水にお金を払う時代が来ると。

最近では、中国などのお金持ちや会社が、日本の水源地を買いあさっているとも聞く。でも、それは、何十年も前のヨーロッパの金持ち連中がやっていたことの後追いでしかない。

実は、ヨーロッパの金持ち連中は、もはや水源地への興味はそれほどない。というか、今(正確には仕事をしていた時だから10年くらい前)彼らが買いあさっていたのは、土地である。

土地と言っても、投機が目的の不動産としてではない。水源地を買い「水」を押さえにいったように、「土」を押さえにいっているのだ。その土は、汚染されていないもの、つまり、安心な食物を育てることのできる土だ。

そのヨーロッパコミュニティに属する方が、カナダの島のとあるレストランで、いくらか計算するのもバカらしくなるようなワインと共に食事を楽しみつつ、ふとおっしゃった言葉を今でも覚えている。

「僕らの時代は、カナダのような場所がラストリゾートだったけど、君らの時代は南半球だね」と。

その時は、意味がよくわからなかった。でも、今は、私も南半球に主体的に関わるようになっている(今年の夏は、学生と共にNZの小さな街を拠点にして、次の時代のデザインをテーマとしたフィールドワークを行う)。その意味がわかるまで10年の歳月を要したのだ。

対流圏という概念を知ったのだ。グーグルで画像検索すると、たとえば、以下のような画像を見つけることができる。


北半球の空気は北半球で周り、南半球の空気は南半球でまわっている。人口分布や工業の分布を調べてみるといい。ほとんどが北半球に集中している。ついでに、原子炉の分布も調べてみるといい。何らかの事故が起こって、放射性物質が大気に漏れ出した場合、ほとんどは、この対流圏の空気の流れに沿って拡散することになる。

今度のNZFWにて、コーディネーターをしてくださる方の家(NZの南島にお住まい)の飲み水は、雨水だという。空気がきれいで汚れていないから、雨水が一番きれいで美味しいと。北半球に住む私には驚きであった。

その後、南半球に関わるようになると、世界中のお金持ちが、何でもないような土地を買っていることがわかってきた。私の勝手な予測は、「あ、土を押さえにいってるのかな」である。

気づく人はとっくに気づいて行動しているし、気づかない人はいつまでたっても気づかない。不確実性の高いこれからの時代。タレブの本の帯についていた言葉を借りるなら「ありえないなんて、ありえない」のだ。

2013年7月5日

泳ぎは泳げる人から習いたい

若者に(実は、大半の年配層も「逃げ切れない」と思っていますので、全員がですが)今求められているのは、「こちら岸」から「向こう岸」へと移動することだと思います。

「こちら岸」と「向こう岸」という言葉には、複数のメタファーをみてとれると思います。

都会と田舎でもいいかもしれません。中央から地方へ。これもかねてからのわれわれの主張です。

でも、みんな動かない。動かないのではなく、動けない。そして、それは、僕は、つきつめると物理的な問題ではなく、心理的な問題だと思います。

エジプトで2011年に若者が蜂起した際の分析をしたことがありますが、物理的には何一つ変わっていません。警察も秘密警察も健在で、立ち上がれば顔面の形が変わるまで殴り殺される。そんな日常でした。

でも立ち上がった。殴りかかる警察に対抗する物理的な武器を持ったわけではありませんでした。

変わったのは、人々の精神面でした。

当時のリーダーの一人は、「Physiological Barrier of fear(恐怖の心理的壁)」と呼びました。それを乗り越えたのだと。

僕は、先日のフォーラムで、システムからの脱藩だと言いました。これは、物理的にも心理的にも、どれだけ現在の中央集権的なシステムから独立して、個人で立てるかが重要だといいました。

「こちら岸」は、われわれが知っている社会・経済システム。中央集権的な近代国民国家のシステムです。年金制度や医療保険制度、防衛や治安なども含まれます。

「向こう岸」は、どんなシステムで動いているのか。まだ、確立していません。だって、「向こう岸」で暮らす人は圧倒的少数派だから。まだ、個が目立っていて、社会もあまり形成されていません。

初期のインターネットコミュニティに似ているかもしれません。

いずれにせよ、現実に、向こう岸にたどり着かなくては、次の時代に埋没します。僕は、真剣に、ぼやぼやしていると、生命・財産の危機にも発展しかねませんよ、と言っています。

まあ、言ってもわからない人はいるわけで、その人はその人の選択。人生の終わり方の選択だと思っています。自分がやりたいのは、動く気がある人のサポート。

正直、動く気がない人への働きかけは疲れました。むしろ、直感的に現在のシステムはもたないな、と思っている人たちと共に行動したいと思っています。

こちら岸と向こう岸の間に横たわっているものを、たとえばドーバー海峡にしましょう。どっちがイギリスでどっちがフランスかはあえて言いません(笑)。というか、どちらでもいいのですが。

個人で渡るには、泳いで渡るしかない。手作りの小舟で渡ってもいいかもしれない。既存のシステムが創り上げたもの(たとえば、海峡のトンネルにユーロスター)では、向こうには行けない。行けるように見せかけて行かせない。だって、既存のシステムが既存のシステムからの脱藩者のためのルートを作るなんて、自身の死期を早めるだけですから。

ポイントは、個人で、大きくても家族単位くらいで渡るしかない。ということです。

われわれはこれまでも文明の形が変わろうとしていますよ、だからみんな向こう岸に行け、農業だ、向こうの世界は思ったより悪くないぞ。幸せ感だってアップだ。と言ってきました。正論です。異存ありません。

でも、みんな動かない。動けない。

それは、ドーバー海峡を渡るといっても、多くの人が泳ぎ方を知らないから。泳げない人に、いきなり海に出て、遠泳せよ、向こう岸に行けと言っても無理です。かなりの確率で溺れるだけです。

われわれが力を入れてきたのは、「向こう岸」に行くべき理由を論理的に科学的に学術的に訴えてきました。頭ではわかっている人が多いと思います。でも、心がついてこない。「Physiological Barrier of fear(恐怖の心理的壁)」は、失うものが少ない若者よりも、年配の人の方に強いです。これは、いろいろな人に語りかけてきた実感です。

だから、私は戦略を変えつつあります。理由はわからないけど(エネルギー問題の難しいことはわからないけど)、でも、向こう岸に行かないと、こちら岸は早晩「崩壊」するな、と感覚的に感じとっている人のお手伝いをしたいと思うようになりました。

だから、私のNZFWでは、「ライフスタイルデザイン」もテーマにしています。次の時代、どうやって生き抜くかです。

教えるべきは、まずは、スイミングです。泳げなければ、ドーバー海峡はわたれません。でも、既存の教育システムは、徹底的にスイミングを教育課程から排除しました。

ある先生の言葉で言えば「総サラリーマン化計画」です。だって、自分のシステムである近代教育システムを受けた人が、システムから脱藩する方法を身につけるなんて、システム側は悪夢ですから。

いずれにせよ、僕は、若者に徹底的にスイミングの方法を教えようと思うようになりました。途中で挫けそうになる人のために、「なぜスイミングを学ぶのか」、「なぜ向こう岸に自力で泳いでいく力が必要なのか」を、適宜、石油ピーク論や低エネルギー社会論の見地から説明はしますが。

ここで自省を込めて、スイミングのコーチに求められる資質を。

スイミングは、実際に泳がないと、いつまでたっても泳げるようになりません。座学で、スイミングの教科書を読んでも泳げるようにはなりません。絶対にです。本を読んで自転車に乗れるようになるのか、というようなものです。実際にやるしかないのです。

じゃあ、どんなコーチにスイミングを習いたいですか?僕だったら、スイミングがうまい人、少なくともちゃんと泳げる人に習いたいと思います。

コーチ自身がスイミングできなきゃ、そんなコーチ魅力ありません。自分はできないのに、「やれやれ!!!」というスタイルは自分はあまり好きではありません。

ドーバー海峡を何度も泳いで往復しているような人に、習いたいと思います。

そして、私は、まだ、ちゃんと泳げるようになっていない。われわれの多くもスイミングができないし、執行部メンバーにも泳げない人はいるように思います。少なくとも、私は、まだ、人に泳ぎを教えるほど、泳ぎがうまくないし、向こう岸にたどり着いていません。。。

地方分散だというから、大都市を離れ、松本を生活の拠点にしました。人に言う前に、自分が変わりたい、その姿を見せたいと思ったからです。

世界中の人脈を使って、いろいろな不測な事態に備えて、日本以外の場所での「シェルター」も開発中です。

いかに、汚染されていない空気、きれいな水、汚染されていない土壌で育った作物、丈夫な衣類、雨露しのげる屋根を確保するか、を考え、実際に行動しようと努力を続けています。それも、世界の複数の場所で。

使うことがなければ、ラッキーだったね、というだけの話で、社会が崩壊しなくても、そういう場所で家族や友人と過ごす時間は楽しいですしね。夕日の美しさに感動したり。みんなで料理を作って、食べて、テントで寝たり。

でも、不測な事態に、この種の備えは、役に立つこともあると思っています。

リスクへの対処の基本戦略は分散。だから、北半球ばかりでなく、南半球への進出をここ数年かけてやっています。NZFWのウラの意図は、そのあたりにもあります。

先日のフォーラムでの私のメッセージは、「Secure your own mask first before helping others」でした。

人に泳ぎを教える前に、自分がまずは自在にドーバー海峡を泳いで行き来できる人間になりたいと思っています。

「こちら岸」から「向こう岸」へ。

たぶん、若者だって、スイミングができない人から、スイミング習いたくないよね、という発想からの行動です。

よいスイミングコーチになるための訓練を日々積んでいる。そんな毎日を送っています。

2013年6月28日

「プロジェクト2013」(清泉女子大学文学部地球市民学科)開催迫る

清泉女子大学文学部地球市民学科、卒業生+在学生、100名以上が、オリンピックセンターに大集合。

プロジェクト2013(ニイマルイチサン):「フォトコンテスト」をつうじてつながる地球市民

を敢行します。在学生と卒業生がチームを組み、グループ対抗のフォトコンテスト。東京を舞台に、各グループ趣向を凝らしたテーマを発掘。勝負に使うのは、3枚の写真のみ。


この3枚の写真+プレゼンテーションを、豪華な審査員メンバーがジャッジします。

・ナジーブ・エルカシュ(ジャーナリスト・映像作家)
・岡本岳大(博報堂)
・山中仁美(国際政治学者)
・井上優子(写真家)
・実吉典子(清泉女子大学名誉教授)


協賛(順不同)は、
・日本コカコーラ社
・ハナムスビ(お豆のオーガニックレストラン)
・グラミソ・スミスクライン社
・長野県川北村
・セメントプロデュースデザイン
・CBIC社
などなど。

土曜日の夜は、現役女子大生から、30代を生きる第1期生までみんな集まっての分科会トーク。テーマは、「仕事・就活」、「結婚・子育て」、「地球市民学科って・・・」、「ボランティア・NGO活動・Peace Boat」、「大学生活って・・・」など。

ツイッター公式アカウントは:
@chiminPJT2013

つぶやきは:
#PJT2013FW ←FW用
#PJT2013FWM ←ミッション用

案内チラシもできあがったようです。
楽しいイベントになりそうです!




2013年6月1日

清泉女子大学 文学部 地球市民学科 「プロジェクト2013」始動!

清泉女子大学文学部地球市民学科「プロジェクト2013」の開催にあたり……

取材頂けるメディア関係者さま
協賛頂ける企業・レストラン・カフェ・お店等の関係者さま
を探しています!



清泉女子大学文学部地球市民学科では、卒業生と在学生とが一緒になって、東京の街をフィールドワークする「プロジェクト2013:フォトコンテストを通してつながる地球市民」を企画しています。

卒業生と在学生の5〜6人が1つのチームとなり、東京の街を撮りながらフィールドワークを行います。この取り組みは、以下の点で新たな教育的な試みであると考えています。

(1)教員と学生の枠組みを超え、卒業生・在学生が学び合う仕掛けを教員がサポートする。2005年に卒業した1期卒業生から今年入学した1年生までの有志があつまり、有志教員と共に企画する。

(2)学びの現場を東京の街とし、卒業生が在学生が協働してテーマを創造・想像する。

(3)学ぶだけでなく、東京で周辺化(マージナル)になった地域・街を意識した企画とし、見えずらくなった街の可視化を試みる。

(4)この企画を通して、今までかなり困難であった、卒業生・在学生の縦の繋がりを強化し、在学生は学生生活を、卒業生は仕事は子育て等の人生を振り返る機会とする。

(5)卒業生が働いている企業などを含め、協賛をとることで社会性をたかめ、撮影した写真を通して東京に潜むテーマを表現していく。

このプロジェクトは、卒業生・在学生の有志が中心となって企画・運営を試みているものです。


メディア関係者さま>

このイベント「プロジェクト2013:フォトコンテストを通してつながる地球市民」の取材にいらっしゃいませんか。

現役の女子大生と卒業生たちが、地球市民学科にて叩き込まれた(?)フィールドワークという手法を使いながら、つながり、「隠された」問題点を探り出し、写真という慣れ親しんだメディアで表現を試み、悩みに悩みながら社会へのメッセージの発信を模索していきます。いわゆる「アクティブ・ラーニング」の1つの形です。

10代〜30代までの、現代を生きる女性たちは、何を考え、何に反応し、何を問題だと思い、どんな社会を創造したいと思っているのか。是非、取材を通して、彼女たちの生の声を拾って頂ければと思います。


協賛頂ける企業・レストラン・カフェ・お店等の関係者さま>

このイベントに賛同してくださる、企業・レストラン・カフェ・お店等の関係者さまがいらっしゃいましたら、是非ご協力ください。どのような形でも構いません。

たとえば、資金的なサポート、コンテストの商品の提供、フィールドワーク中の学生や卒業生へのランチや飲み物の割引サービス(+彼女たちのインタビューにお時間を少々頂く)などなど。


<お問い合わせ・連絡先>

ご不明な点、ご関心をお持ち頂いた方々、以下のアドレスまでお気軽にお問い合わせください。
(お答えできることは、お答えいたしますし、そうでない場合は適切な担当者へおつなぎします。)

山本達也(清泉女子大学 文学部 地球市民学科 准教授)
yamamoto[at]seisen-u.ac.jp

http://www.seisen-u.ac.jp/departments/06global/01index.html

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以下の様な詳細で、「プロジェクト2013」の有志メンバーは、卒業生・在学生にはたらきかけています。ご参考まで。

【経緯】
新入生合宿を、 卒業生+在学生+新入生が集う毎年恒例の祭りにしたいと願い、今回はその試験的試み。
皆が楽しく交流できる「TOKYOフォトコンテスト」を企画しました。
優秀作品は、もしかしてメディアデビュー?

【日程】
2013年7月5日(金)〜7日(日)

【場所】
国立オリンピック記念青少年総合センター
http://nyc.niye.go.jp/

【詳細】
7月5日(金)
 18:00〜19:00 受付
 19:00〜21:00 レセプション(パーティ)、卒業生紹介、チーム決め 他

7月6日(土)
 10:00〜18:00 フィールドワーク「TOKYOフォトコンテスト」
 ・グループ:5〜6名(学生4名+卒業生1〜2名)
 ・内容:「今、伝えたいTOKYO」を写真で表現すべくベストショットを撮ってくる
 
 18:00〜20:00 分科会@オリンピックセンター
 ・フィールドワークで親しくなったところで、仕事・結婚・勉強などのテーマで卒業生と在学生の交流

7月7日(日)
 9:00〜11:00 フィールドワーク発表会
 ・上位入賞者はメディアデビューもあるかも???

【参加費】
¥3,000
(オリンピックセンター宿泊希望者は、追加で¥1,500/泊)

【参加の手法】
★全部参加してくださるのが望ましいですが、部分参加でもOK
★宿泊してくださるとよい交流になりますが、自宅からの参加もOK
★同期の友達を誘って来てください
★子連れでの参加も大歓迎です