2012年9月20日

ミニマリストとしての登山者



最近、急速に山遊びに惹かれている。山を舞台にしたアウトドアのことばかり考えている。不思議な出会いの連続で、一気に、山の世界へと引き込まれていった。

人生の中にはこういった「流れ」というのがあるのだと思う。節目、節目で、「流れ」に出会ってきた。日頃から、この「流れ」に敏感であるように、感覚を研ぎ澄ませておきたいものだ。

山、といっても、これまでの経験は、富士山登山が数回というだけ。それも、高校生の頃で、ブランクは相当長い。当然、装備などもゼロ。

まずは、雑誌で研究し、その後、山道具の専門店で道具一式をそろえていった。世の中には、多くの「お店」があるが、山道具専門店はなかなか特殊な場所だと思う。何が特殊かというと、お客と店員さんとの距離が急速に縮まりやすい点だ。共通の趣味がそうさせるのかもしれない。なんにしても、この種のお店では不思議な体験をすることができる。

個人的に、「ミニマリズム」に関心があり、自分自身の普段の生活でも極力モノを減らそうとしている。「ミニマリズム」は一種の流行なのかもしれないが、実は、山の世界ではずっと昔から「ミニマリズム」だったことに気がついた。

山には余計なモノは担いでいけない。重量が増え、辛いのは自分だ。かといって、「なめすぎて」軽装で行くと、自分の命にも関わりかねない。多くの想定を繰り返して、装備を固めていかなくてはいけない。

このプロセスがオモシロイ。そして、最近は、個々の山道具も急速に進化しており、機能は向上しつつ、徹底的な軽量化がはかられている。これらを組み合わせて、行程に応じた「自分の装備」を整えていくことになる。

したがって、山登りは、ミニマリストとして生きる上で、絶好の訓練機会となる。山道具は、日常生活でも汎用可能なため、山登りのパッキング技術が向上すると、通常の旅のパッキングも小型化、軽量化につながる。

こうした訓練を続けていくと、日常生活の中でも、自然と「とりあえずとっておこう」から「とりあえず捨てておこう」という変化へとつながっていくのではなかろうか。登山者がこれまで培ってきた知恵の中には、ミニマリスト的工夫がつまっている。