2012年8月20日

『革命2.0』

Wael Ghonim, Revolution2.0: The Power of the People is Greater than the People in Power,  Fourth Estate, 2012.


エジプトにおける政治変動とソーシャルメディアとの関わりについて、注目すべき1冊の本がある。米国グーグル社の幹部ゴネイム(Wael Ghonim)による回顧録、『革命2.0』(Revolution 2.0)である。

ゴネイムがエジプトにおけるソーシャルメディアを通した政治活動に本格的に関与するようになったのは、2010年6月8日にフェイスブックを通して目にした1枚の写真がきっかけであった。写真には、あごが砕け、前歯がなくなり、顔の変形した青年の痛ましい死体が写っていた。写真の主は、2日前、アレクサンドリアで警官2人に撲殺されたハレド・サイード(Khaled Said)という名の当時28歳だった青年であった。

写真を通してエジプトの置かれている不公正な状況を再認識し、怒りに震え、何らかの行動を起こさなくてはならないと感じたゴネイムは、フェイスブック上に「ぼくらはみんなハレド・サイードだ」(We are all Khaled Said)というページを開設した。このページの名前には、「ハレド・サイードは私と何らかわらない一人の青年であり、(今のエジプトでは)彼に起こったことは、いつでも自分の身にも起こり得るのだ」という意味が込められている。

このページは、エジプトの政治や社会の状況に憤る多くの若者たちの共感を呼び、初日だけで3万6000人が参加し、その数は数日のうちに10万人を超えるようになった。その後、このサイトは、エジプトにおけるフェイスブックを通した動員の元祖とも言える「4月6日青年運動」(April 6th Youth Movement)など他のグループとも連携しながら、バーチャル世界にとどまっていた体制に対する異議申し立ての動きを、リアルの世界に転化させる方策を模索していった。

この他『革命2.0』には、ソーシャルメディアを使った様々な活動の「仕掛け人」として、紛糾する議論の「コーディネーター」として、また「革命」の最中11日間にわたって秘密警察に拘束され解放された後に出演したテレビ番組をきっかけに一躍有名になった後、若者たちの要求をテレビメディアに出演することで伝える「広告塔」として、複数の役割を演じわけながら渾身の力で運動にのめり込んでいくゴネイムの姿が描き出されている。

本のタイトルが示すように、ゴネイムは一連の政治変動をこれまでのいかなる「革命」とも異なるという意味で、「革命2.0」であったと評している。彼のいう革命2.0とは、「ヒーローがおらず、すべての人がヒーローであり、みんなが少しずつ貢献しながら、最終的に世界最大の百科事典を作り上げてしまうというウィキペディア(Wikipedia)のようなもの」であり、ソーシャルメディアの活用によって特徴付けられるデジタル時代の革命だという意味である。確かに、今回の革命劇には、明確なリーダーや中心が存在しない中で運動の組織化を実現したという特徴がある。

革命2.0のもう一つの特徴は、社会の底辺にいる「食べられない人々」が「窮鼠猫を噛む」という図式で立ち上がったのではなく、むしろ「食べられる人々」が「食べられない人々も同じエジプト人なのだ」という形で他者の境遇に思いを馳せ「連帯」し、「同期化」して立ち上がったという性格が認められる点にある。

興味深いのは、「食べられる人々」にとってこのような形で立ち上がることの合理的なメリットはほとんどなく、場合によっては自分自身が命を落とすか、逮捕され監禁・拷問されるというデメリットを被る可能性が非常に高いにもかかわらず、われわれエジプト人の「尊厳」というキーワードと共にあえて立ち上がったという事実であろう。こうした人々を立ち上がらせた背景にあったのが、フェイスブックなどのソーシャルメディアの存在であった。

ゴネイムが言うように、ソーシャルメディアは、エジプトの人々に「我々は一人ではないのだ」、「同じフラストレーションを溜めている人々は他にもいるのだ」、「同じ夢を共有している人々がいるのだ」、「多くの人が自由を気にかけているのだ」ということを気づかせた。こうしたソーシャルメディアを介した「心理的な連帯」と「想いの同期化」が、これまでのエジプト社会で人々を行動に転化させることなく思いとどまらせていた「恐怖の心理的な壁」(psychological barrier of fear)を乗り越えさせたという。

『革命2.0』を読むことで改めて確認されるのは、エジプトでの政治変動が隣国チュニジアでの「革命成功」に刺激を受け、突発的・衝動的に湧き起こったうねりが偶然大きくなり、たまたま成功してしまったという種類のものではないということである。チュニジアの政変は動員への大きなきっかけとなったものの、その背後には、長年にわたる地ならし、試みと失敗の歴史があったのであり、ソーシャルメディアを介して怒りのマグマを着実に醸成させつつ周到に準備を続けていたという点を過小評価すべきではない。

エジプトの事例は一見すると、新しい情報通信技術(ICT)の発展が政治変動を引き起こし、民主化の移行へと進んでいったケースとも捉えられる。ただし、シャーキー(Clay Shirky)も指摘するように、インターネットやそこで使われるソーシャルメディアといった「ツール」そのものが自動的に政治変動を引き起こすわけではないという点には十分留意しておく必要がある。その上で、「ツール」が一定の条件を踏まえて用いられたときに発揮するパワー、「ツール」が存在することによって起き始めている地殻変動やうねりのパワーの動向にきちんと注意を払っておかなければならない。