2012年2月26日

農的な教育を!

ケン・ロビンソン卿の有名なTEDのスピーチでは、彼の「教育革命」(改革では不十分であり、革命が必要だとしている)に対する熱い想いとビジョンを知ることができる。

 彼のスピーチ(2006年バージョン)は、TEDの中でも特に人気があり、2012年2月現在で約900万回弱視聴されている。その後、2010年に2度目のスピーチを行っており、こちらも約225万回視聴されている。実に多くの人が、教育について関心を持っており、現行の公教育システムに違和感を感じているということではないだろうか。

 現行の公教育システムの原型は、産業社会(工業化社会)の要請によって作られ、カリキュラムがデザインされてきた。工場で働く労働者を養成するためのシステムが原型になっているということである。

 学校での時間の進み方を見てみればそのことはすぐにわかる。チャイムからチャイムまでは1つのことだけをし、次のチャイムまでの10分間休憩したら、また同じ時間1つの授業のみが行われる。20分休んで、授業をやって、チャイムからチャイムまでは昼休みで……、という具合だ。これは、工場で労働者が従うと効率的な時間の区切り方と進み方であり、公教育を通してこうした時間感覚と思考様式がすり込まれていくことになる。 

こうしたあたかも工場で「ねじ」を生産するかのような、画一的な人材を作り上げていく「工業的教育」は、産業社会、工業化社会を牽引していくのには適していたのかもしれない(そのために作られたのだから、適していて当たり前だ)。工場で少しでも規格からずれてしまった「ねじ」が不良品として排除されていくのと同じように、現行の公教育システムの画一化から外れるような人は、社会のメインストリームから排除されてしまう空気すらある。

しかし、学校で教えられるような形の「知」は、人間が持っている可能性のごく限られた部分にしか働きかけない。大学受験で問われる内容の出来・不出来で序列が決められていくが、そんなものは人間が持っている能力のほんのわずかな部分を測定しているに過ぎない。まして、これからの社会を担っていく人材を養成したいと思ったら、こうした工業的教育は全くなじまないどころか、人々の創造性を殺してしまっており、むしろ有害である、というのがケン・ロビンソン卿の主張だ。

産業革命以前は長く農業の時代が続いたが、この時代に今のような「公教育」は存在しなかった。したがって、農的な公教育というのはどういったものか、その形を見たことがない。とはいえ、これからの公教育は、「農的」(有機的)な教育にしていかなくてはいけないだろう。ケン・ロビンソン卿は、こういう提案もしている。

工業によって生産される「ねじ」が人工物であるのに対し、農業が生産しているのは人工物ではない。もちろん、人の手は加わっているので、自然状態ではないが、人工物とは言えないだろう。

作物はみな、種の段階で、実に個性豊かで多様な性質がすでにプログラムされている。 しかし、種は、適切な環境においてやらなければ発芽することがない。発芽した後も水やりをしたり、間引きをしたりと、人が手間ひまをかけてやらないと枯れてしまう。

農夫がやっているのは、それぞれの種が持っているポテンシャルを存分に引き出してやるための手助けである。 教育も同じというわけだ。人にはそれぞれ、実に個性豊かで多様な才能がすでにプログラムされている。人によって、得意なもの好きなものが違って当たり前だ。

教育とは、こうした豊かな才能をあたかも工業製品を作るかのように画一化していくのではなく、各人の可能性をめいっぱい引き出してやるための手助けをすることではないだろうか。おそらく、ケン・ロビンソン卿が言う「農的な教育への革命」とはこういう意味だろう。 

こうした教育革命は、大人たちの意識が変わらない限り実現させることはできない。今の大人たちは、程度の差こそあれ、基本的には工業的教育を施され、工業的教育の判断基準でふるい分けされてきた。

しかし、自分に適用された価値観と人間の判断基準を、子供たちに押しつけるべきではない。時代は変わろうとしているし、変わらなくてはならないからだ。大人たちが自分たちにすり込まれた価値観の呪縛から抜け出さない限り、次の時代を託すべき子供世代を育てることはできないだろう。 

(ケン・ロビンソン卿のTEDのスピーチは、日本語字幕付きで観ることができる。)



「学校教育は、創造性を殺してしまっている」

「教育に革命を!」