2012年1月3日

シュリンキング・シティ

海外調査の空き時間に、最近の関心事である「都市論」に関する文献を読んでいる。そんな中、「シュリンキング・シティ(縮小する都市)」について取り組んでいる大野秀敏先生の著作が面白かった。大野先生は、2050年の首都圏の姿について「ファイバーシティ」というコンセプトを提唱されている。


大野秀敏+アバンアソシエイツ『シュリンキング・ニッポン:縮小する都市の未来戦略』鹿島出版会、2008年。

「石油ピーク」やエネルギー論の視点は、それほど勘案されていないものの、そもそもの問題意識として、①人口動態を冷静に分析すると2050年には4000万人の人口減が見込まれており、これは首都圏がすべて消えてもまだ足りないとてつもない数である、②地球は有限であり、いつまでも「成長」を続けることが原理的に不可能である以上、いつか「縮小局面」が訪れる、といったことが発想のベースとして提示されている。

これまでも、地方都市では人口縮小が起こっていたが、これは社会減であった。……(中略)……これからの縮小は国全体で起こり、大都市といえども無縁ではいられない。(8頁)
20世紀は成長の時代であったが、あまりに急激な成長によって、われわれは短期間のうちに成長の限界にまで達してしまった。それゆえ、21世紀は縮小の時代であり、これを解決するのが人類の課題である。(10頁)
これまでの都市計画の法体系、手法、実行組織、建築関連の法規、デザイン思想など、いずれも20世紀に形成されたものであり、膨張を前提にできあがっている。具体的にいえば再開発、区画整理、ニュー・ディール政策、ハワードの田園都市構想、ル・コルビュジエの現代都市構想など、いずれも地価の上昇、需要の無限成長を前提としているが、このような手法は現代ですら立ちゆかなくなっている。(16頁)
21世紀が縮小の時代だとするなら、縮小の時代の先鞭をつけた地域が最終的には21世紀文明の先頭に立つことになる。(17頁)

この本では、多くの識者が「シュリンキング・シティ」をテーマに、対談や論考を寄せているのだが、中でも特に「緑地」に関する言及は考えさせるものがあった。

日本の都市と欧米の都市の公園の面積を比べて、いかに日本の都市において緑地が不足しているかを示すかというのが、これまでの都市ビジョンのおきまりであったが、これからはあり余る緑の管理に苦しむだろう。……(中略)……庭園と農業は、今後、都市計画、建築を考える際に最も重要な課題になるだろう。(103頁)

これまで都市の住人にとって、緑地とは好ましいものとして捉えられてきたが、実際に都市が人口減などで縮小局面に入ると、管理放棄地が続出し、むしろ空き地、緑地の管理に苦しむことになるという。確かにそうだ。この点、石油ピーク論者は、食糧問題との関連から、キューバの事例などを持ち出し、「都市の空き地で有機農業を!」と提案しそうだ。

いずれにせよ、石油ピーク論者と、シュリンキング・シティを講じる建築家、都市計画家、研究者とは十分にコラボレーションの余地があると確信した。両者の間の相互交流で、この議論はますます面白いものになるに違いない。