2012年11月3日

ソーシャルメディアと「アラブの春」



アステイオン』に論考を掲載して頂きました。

ソーシャルメディアは、民主化および民主主義の変容にどんな影響を与えるのか?そんなことを考えつつ議論を展開しました。中心はエジプトの事例ですが、そこから読み取れる要素をもとにして、先進民主主義国についても視野に含めながら論じています。

山本達也「ソーシャルメディアと『アラブの春』:『動員革命』と『透明性革命』」『アステイオン』第77巻、2012年、52-66頁。

2012年9月20日

ミニマリストとしての登山者



最近、急速に山遊びに惹かれている。山を舞台にしたアウトドアのことばかり考えている。不思議な出会いの連続で、一気に、山の世界へと引き込まれていった。

人生の中にはこういった「流れ」というのがあるのだと思う。節目、節目で、「流れ」に出会ってきた。日頃から、この「流れ」に敏感であるように、感覚を研ぎ澄ませておきたいものだ。

山、といっても、これまでの経験は、富士山登山が数回というだけ。それも、高校生の頃で、ブランクは相当長い。当然、装備などもゼロ。

まずは、雑誌で研究し、その後、山道具の専門店で道具一式をそろえていった。世の中には、多くの「お店」があるが、山道具専門店はなかなか特殊な場所だと思う。何が特殊かというと、お客と店員さんとの距離が急速に縮まりやすい点だ。共通の趣味がそうさせるのかもしれない。なんにしても、この種のお店では不思議な体験をすることができる。

個人的に、「ミニマリズム」に関心があり、自分自身の普段の生活でも極力モノを減らそうとしている。「ミニマリズム」は一種の流行なのかもしれないが、実は、山の世界ではずっと昔から「ミニマリズム」だったことに気がついた。

山には余計なモノは担いでいけない。重量が増え、辛いのは自分だ。かといって、「なめすぎて」軽装で行くと、自分の命にも関わりかねない。多くの想定を繰り返して、装備を固めていかなくてはいけない。

このプロセスがオモシロイ。そして、最近は、個々の山道具も急速に進化しており、機能は向上しつつ、徹底的な軽量化がはかられている。これらを組み合わせて、行程に応じた「自分の装備」を整えていくことになる。

したがって、山登りは、ミニマリストとして生きる上で、絶好の訓練機会となる。山道具は、日常生活でも汎用可能なため、山登りのパッキング技術が向上すると、通常の旅のパッキングも小型化、軽量化につながる。

こうした訓練を続けていくと、日常生活の中でも、自然と「とりあえずとっておこう」から「とりあえず捨てておこう」という変化へとつながっていくのではなかろうか。登山者がこれまで培ってきた知恵の中には、ミニマリスト的工夫がつまっている。

2012年8月20日

『革命2.0』

Wael Ghonim, Revolution2.0: The Power of the People is Greater than the People in Power,  Fourth Estate, 2012.


エジプトにおける政治変動とソーシャルメディアとの関わりについて、注目すべき1冊の本がある。米国グーグル社の幹部ゴネイム(Wael Ghonim)による回顧録、『革命2.0』(Revolution 2.0)である。

ゴネイムがエジプトにおけるソーシャルメディアを通した政治活動に本格的に関与するようになったのは、2010年6月8日にフェイスブックを通して目にした1枚の写真がきっかけであった。写真には、あごが砕け、前歯がなくなり、顔の変形した青年の痛ましい死体が写っていた。写真の主は、2日前、アレクサンドリアで警官2人に撲殺されたハレド・サイード(Khaled Said)という名の当時28歳だった青年であった。

写真を通してエジプトの置かれている不公正な状況を再認識し、怒りに震え、何らかの行動を起こさなくてはならないと感じたゴネイムは、フェイスブック上に「ぼくらはみんなハレド・サイードだ」(We are all Khaled Said)というページを開設した。このページの名前には、「ハレド・サイードは私と何らかわらない一人の青年であり、(今のエジプトでは)彼に起こったことは、いつでも自分の身にも起こり得るのだ」という意味が込められている。

このページは、エジプトの政治や社会の状況に憤る多くの若者たちの共感を呼び、初日だけで3万6000人が参加し、その数は数日のうちに10万人を超えるようになった。その後、このサイトは、エジプトにおけるフェイスブックを通した動員の元祖とも言える「4月6日青年運動」(April 6th Youth Movement)など他のグループとも連携しながら、バーチャル世界にとどまっていた体制に対する異議申し立ての動きを、リアルの世界に転化させる方策を模索していった。

この他『革命2.0』には、ソーシャルメディアを使った様々な活動の「仕掛け人」として、紛糾する議論の「コーディネーター」として、また「革命」の最中11日間にわたって秘密警察に拘束され解放された後に出演したテレビ番組をきっかけに一躍有名になった後、若者たちの要求をテレビメディアに出演することで伝える「広告塔」として、複数の役割を演じわけながら渾身の力で運動にのめり込んでいくゴネイムの姿が描き出されている。

本のタイトルが示すように、ゴネイムは一連の政治変動をこれまでのいかなる「革命」とも異なるという意味で、「革命2.0」であったと評している。彼のいう革命2.0とは、「ヒーローがおらず、すべての人がヒーローであり、みんなが少しずつ貢献しながら、最終的に世界最大の百科事典を作り上げてしまうというウィキペディア(Wikipedia)のようなもの」であり、ソーシャルメディアの活用によって特徴付けられるデジタル時代の革命だという意味である。確かに、今回の革命劇には、明確なリーダーや中心が存在しない中で運動の組織化を実現したという特徴がある。

革命2.0のもう一つの特徴は、社会の底辺にいる「食べられない人々」が「窮鼠猫を噛む」という図式で立ち上がったのではなく、むしろ「食べられる人々」が「食べられない人々も同じエジプト人なのだ」という形で他者の境遇に思いを馳せ「連帯」し、「同期化」して立ち上がったという性格が認められる点にある。

興味深いのは、「食べられる人々」にとってこのような形で立ち上がることの合理的なメリットはほとんどなく、場合によっては自分自身が命を落とすか、逮捕され監禁・拷問されるというデメリットを被る可能性が非常に高いにもかかわらず、われわれエジプト人の「尊厳」というキーワードと共にあえて立ち上がったという事実であろう。こうした人々を立ち上がらせた背景にあったのが、フェイスブックなどのソーシャルメディアの存在であった。

ゴネイムが言うように、ソーシャルメディアは、エジプトの人々に「我々は一人ではないのだ」、「同じフラストレーションを溜めている人々は他にもいるのだ」、「同じ夢を共有している人々がいるのだ」、「多くの人が自由を気にかけているのだ」ということを気づかせた。こうしたソーシャルメディアを介した「心理的な連帯」と「想いの同期化」が、これまでのエジプト社会で人々を行動に転化させることなく思いとどまらせていた「恐怖の心理的な壁」(psychological barrier of fear)を乗り越えさせたという。

『革命2.0』を読むことで改めて確認されるのは、エジプトでの政治変動が隣国チュニジアでの「革命成功」に刺激を受け、突発的・衝動的に湧き起こったうねりが偶然大きくなり、たまたま成功してしまったという種類のものではないということである。チュニジアの政変は動員への大きなきっかけとなったものの、その背後には、長年にわたる地ならし、試みと失敗の歴史があったのであり、ソーシャルメディアを介して怒りのマグマを着実に醸成させつつ周到に準備を続けていたという点を過小評価すべきではない。

エジプトの事例は一見すると、新しい情報通信技術(ICT)の発展が政治変動を引き起こし、民主化の移行へと進んでいったケースとも捉えられる。ただし、シャーキー(Clay Shirky)も指摘するように、インターネットやそこで使われるソーシャルメディアといった「ツール」そのものが自動的に政治変動を引き起こすわけではないという点には十分留意しておく必要がある。その上で、「ツール」が一定の条件を踏まえて用いられたときに発揮するパワー、「ツール」が存在することによって起き始めている地殻変動やうねりのパワーの動向にきちんと注意を払っておかなければならない。

2012年7月15日

規模の効用

ここ数年、「都市の規模」についてずっと考えている。石油ピーク後の社会を念頭においた上での「オモシロイ都市とは?」という問いである。

この先、大都市およびその近郊に住むことはリスクが高すぎると判断し、生活の拠点をより小さな都市に移した。選んだのは松本市だ。

とはいえ、石油ピークのことを考えるならば、もっと自給自足的な生活に近い場所、それを実現できるような場所に生活の拠点を構える方がいいのだろうとは思う。実際、我が家の感覚では、松本市の都市中心部に拠点を移すというのは「最終形態」ではなく、その次に向けての「つなぎ」的な位置付けである。

それでも、周囲には「最終形態」を想像しうるような自然環境が豊かである。街のど真ん中にいても、自然のエネルギーを感じることができるのは、この都市の魅力だ。というわけで、当面は、ここを拠点に、次の時代のライフスタイルを模索していこうと思っている。

ただ、「石油ピーク」云々というのは、やや言い訳めいたところがある。実際のところ、正直に言うならば、我が家が松本市に拠点を移したのは、石油ピーク要因といううより、ただ単に街が持っている魅力に惚れてしまった、という要素の方が圧倒的に強い。その魅力を一言で言えば、「街の文化レベルが高く、都市の寛容性も高い」ということに尽きる。

そんな松本は、今、「大歌舞伎」一色である。2年に1度行われる1週間程度の歌舞伎公演の間中、街は歌舞伎で大いに盛り上がる。演目は「天日坊」。リンクを見てもらえばわかるようにキャストも豪華である。

地方都市で、これだけの期間、これだけのキャストをとどめておけることのできる都市、言い換えれば、これだけの期間にわたって会場を満員にし続けることができる都市は、日本の中でどれくらいあるだろうか。極めて限られるのではないだろうか。

街の人びとと役者や演出家の関係が、極めて近いのも特徴だ。公演を終えた役者さんは、そのまま街に出て食事をし、飲みに行く。街の人たちも、ただ遠巻きに「有名人」を見るという態度ではなく、舞台の感想などを直接役者さんにフィードバックする。街の人が、当たり前のように舞台を見ているからこそ成り立つ関係だ。こうしたダイレクトな反応が松本公演の魅力だと語る役者さんも多い。

このような形で文化的な営みに近い距離で関われるというのは、「規模の効用」とでも呼べるものだと思う。文化イベントの数でいえば、圧倒的に東京の方が多いだろう。ただ、東京では都市の規模が大きすぎて、文化・芸術との距離が遠くなってしまう。劇場までの物理的な距離も遠い。東京という巨大都市の中で、せっかくの文化イベントが埋没してしまうのだ。

その点、松本はいい。文化イベントを呼べるだけの規模がありながら、埋没してしまうほど大きくはない。というより、街をあげて盛り上がらなければ、トップレベルの文化を呼ぶことができないくらい小さな都市に過ぎない。市民の文化・芸術に対する理解が深いから、盛り上げようとするし、実際に盛り上がる。

日曜日の昼間は、歌舞伎役者さんたちが松本城に向かって人力車でパレードする「登城行列」が行われた。今にも雨が降り出しそうな天気だったにもかかわらず、沿道には多くの市民が集っていた。すごい動員力である。文化イベントが、街に根付いているからこそなのだろう。

この週末から、松本出身で世界的なアーティスト草間彌生さんの「草間彌生展」が市民美術館で始まった。コミュニティシネマ運動も盛んで、良質の映画が毎月のように上映されている。来月は、小澤征爾さんが総監督を務める「サイトウ・キネン・フェスティバル」も行われる。

物理的にも心理的にも「すぐそば」という距離感でこうしたイベントと触れあえるのは、松本の魅力だ。「規模の効用」だと言える。大きければいい、量が多ければいい、という時代は終わろうとしているのだ。もちろん、都市も例外ではない。








2012年7月12日

「スクリーン」とのバランス

バランスは大切だ。でも、うまくバランスが取れるようになるためには、それなりの訓練がいる。その術を一度身につけてしまえば、後はほぼ無意識のうちにバランスが取れるようになる。補助なし自転車に乗るための練習に似ているかもしれない。

今、最も関心のあるバランスは、「スクリーン」を通してつながることとのバランスだ。ネットとの距離とも言える。

はじめてインターネットを体験したときから、つながることに夢中になった。かれこれ20年近く、夢中だったと言える。でも、今は「過去形」を使いたい気分だ。より速く、より多くの人と、より多くの情報を、という欲求は過去のものになりつつある。

SNSが登場したときにも夢中になった。mixiにも、greeにも、まだ日本の友人がほとんど利用していなかったfacebookにもいち早く登録した。アメリカの高校時代の同級生とつながれたときは、興奮したものだった。

でも、ある時から、ネットの世界の捉え方が変わってきた。これまでより多くの人々と「つながれて」いるし、多くの情報を文字通り「浴びるように」過ごしてきたが、「心の内側」が揺さぶられるような体験をしていないことに気づいたのだ。それどころか、情報やつながりの多さに、多少「うんざり」している自分がいることにも気づいてしまった。

バランスをとるために、振れすぎた針を戻そうと決心した。mixiも、greeも、facebookも退会した。1日に何度も何度もfacebookのページにアクセスしていたが、一気にゼロになった。退会してすぐは、「クリック」したい衝動に何度も襲われたが、すぐにfacebookのない生活に慣れた。

変化もすぐに訪れた。facebookをやっていたときより、facebookでつながっていた人たちときちんと向き合って、その相手のことをしっかりと想いながらメールの文章を書くようになったのである。そして、facebookで「中途半端に」つながっていた時よりも、友人たちと「リアル」に会う頻度が増したのだ。

因果関係はわからない。たまたまかもしれない。ただ、メッセージをしたためる相手と、SNS経由よりも、気持ちを込めて向き合えるようになったのは確かだ。「内面」の変化を感じている。

そんな中、以下の本を読んだ。「待ってました」とばかりに、ドンピシャなテーマだった。


ウィリアム・パワーズ(有賀裕子訳)『つながらない生活:「ネット世間」との距離のとり方』プレジデント社、2012年。

著者のパワーズも、同じような葛藤を抱え、「内面」の安らぎについて論じている。「スクリーン」とのバランスのとり方について、具体的なアドバイスや著者の経験も披露してくれている。

私の場合、SNSをやめた程度であり、まだまだ「スクリーン」依存度は高い。でも、最近は、生活の中で「スクリーン」との距離を意識しながら過ごしている。できる限り「ネット時間」を削減しようと心がけている。iPhoneでtwitterを読むのもやめた。twitterは続けているが、パソコン経由でたまにチェックするくらいにとどめたいと思っている。

実験的に、携帯電話やE-mailも辞めてみたいが、有効な代替策を思いつかず、日常生活(というか仕事)に重大な支障を来してしまうので、実行できていない。

ただ、定期的に、ネットとの接続を一切経って、ソロキャンプに出かける機会を設けようと計画している。山に行って、ソロでテントを張りつつ縦走してみようという企みだ。緊急時用にiPhoneは持って行く予定だが、電源は入れない。その代わり、紙の本は持って行く。一人、テントの横で、コーヒーでも淹れつつ読書する予定だ。

計画を練っているだけで、「内面」の奥深くが「喜んで」いるのがわかる。こういう種類の内面の喜びや魂(?)の震えは、約20年弱のネット経験で体験したことがないのでは、と思う。少なくとも、思い出せない。やっぱり、ネットでは「内面」の奥深くを揺り動かすことは出来ないということか。

かといって、ネットを敵視しようとも、忌み嫌おうとも思っていない。むしろ、今でも大好きである。だから「バランス」なのだ。今はただ、うまくバランスが取れるようになるよう、「訓練」を重ねる時期なのだろう。

そのための「訓練」や「試行錯誤」は苦にならない。うまくバランスが取れたときは、自分の内面とゆっくりと、そしてきちんと向き合える余裕も時間も生まれることに気づいてしまったから。

素晴らしい「アイデア」や「創造性」は、ネットの中になど転がってはいない。自分の内面としっかりと向き合うことでしか引き出せないのだ。今は、そう信じている。


追記:
「内面」との向き合い方について考えていたら、TED Talkでのスーザン・ケインの「the power of introverts」を視聴する機会があった。パワーズの著作といい、ケインのスピーチといい、あまりのタイミングの良さにちょっと驚いている。オススメの動画。ケインの著作『Quiet: the Power of Introverts』も購入した。kindleバージョンを。まだ読めていないけど。これはiPad読書で。

http://www.ted.com/talks/lang/ja/susan_cain_the_power_of_introverts.html

2012年6月28日

手柄争い

2011年から続いているアラブでの政治変動。多岐にわたる媒体で、多岐にわたる論者が、多岐にわたる議論を展開している。どれも興味深い指摘であり、大いに学ぶことがあるのだが、気になることもある。


今回の政治変動では、「メディア」が1つの論点として注目されている。スマートフォンやソーシャルメディアなど、「今どき」のツールやサービスの果たした役割は、アラブの地域研究者以外にとっても気になるところに違いない。

他方で、インターネットの役割を過度に評価しすぎだという議論もある。今回の「政変劇」における主役級のメディアを挙げるとするならば、それはインターネットではなく衛星放送だろうという主張が典型的だ。

どれも正しいのだろうが、同時に、どれも不十分だと思う。不毛な「手柄争い」をしているようにも感じる。

研究者は、しばしば自分の研究対象の重要性を過度に強調するきらいがある。そうすることで、自身の研究の正当性を確認しているようなところもある。また、オリジナリティを出そうと、半ば意図的に「アンチ」のスタンスを打ち出すこともある。でも、そんなものは、本当の意味でのオリジナリティではない。

もちろん、これらは自分自身への戒めでもある。

何にしても、「手柄争い」的な議論は不必要だろう。2011年のアラブには、衛星放送もインターネットもすでにあったのだから、「どちらも」影響を与えているに決まっている。重要なのはバランス感覚と対象への切り口の鋭さをともなった議論であって、「どちらがスゴイか」を競ってもあまり生産的には思えないのである。

2012年6月7日

「新しい形の大家族」の時代

世界的に石油減耗、エネルギー減耗が顕在化する時代になるにつれ、「家族形態」にも変化が現れることになるだろう。

日本において石油が主要なエネルギー源になったのは、第二次世界大戦後だが、この時期から都市化が進行し、核家族化も進んでいった。農村部に取り残された「両親」の世代は、そのまま年齢を重ね、過疎化や高齢化が加速していった。

都市に目を転じると、この先、大きなチャレンジを突きつけられるのが、いわゆる「郊外」である。大都市周辺に広がる「郊外」は、安い石油の時代に最適化された都市作りが行われた。移動手段は車であり、大規模商業施設が(徒歩でアクセス可能な)地元の商店街を駆逐していった。

そして、今、郊外で生まれ育った若者は、都市中心部で生活するようになり、郊外の高齢化が問題となっている。石油ピークは、郊外に暮らす高齢者世帯に多大なる困難をもたらすことになるだろう。移動もままならず、付近には食料(や農地)もなく、その割には人口が密集している。

核家族の中には、共働きをしないと生計を維持することが難しく、そんな中で「子育て」をどうするかという問題に直面している家庭も多いだろう。また、彼らの親世代の「介護」が必要になった場合、どのように対処することになるのか。

現在、ますます「市場」に委ねられるようになっている、「医療」、「介護」、「子育て」であるが、現在の家族形態のまま既存の市場システムの機能不全が深刻化すると、「お金」で「市場」が吸収することが難しくなる。

これらの機能は、かつて大家族(血縁)の中で、ご近所コミュニティ(地縁)の中で吸収され、担保されてきたものである。こうした機能は、石油ピーク後の世界では、どこで、誰が、どのように担うことになるのだろうか。

筆者の考えは、「新しい形の大家族」に可能性があるのではないか、というものである。「新しい形の大家族」とは、必ずしも地縁や血縁とは関係なく、メンバーが限定されない形で緩やかにつながっている、あたかも家族のようなメンバーを指す。

メンバーが限定されないというところがポイントである。たとえば、つい先日我が家には総勢10数名が集い、寝食を共にする機会があったが、そこでは血縁と関係なくそれぞれの子供の世話をしていた。

従来ならば、市場で「保育サービス」を購入すべきところを、緩やかな家族の枠を超えたグループが吸収したのである。

これは、ただ単に数日間だけのお話であるが、筆者が想定しているのは、こうしたつながりの発展型である。この時、グループメンバーは、いつも同じである必要はない。時や場所に応じて、柔軟に変化していくものである。

シェアハウスのように、物理的に同じ屋根を分かち合いながらも、かつての大家族のように血縁で結ばれているわけではないというようなパターンは近いかもしれない。

こうしたメンバーを複数の場所で、また、複数のパターンで形成することができるように日頃から「リアル」な人間関係を構築しておくことが肝要である。アメーバ状に、くっついたり、離れたり、どこからどこまでが境界なのか明確にわからないというのが、その特徴だ。

こうした「新しい形の大家族」を形成する能力は、今この時代にはそれほど重要視されていないかもしれない。少なくとも「お金」があれば、「市場」で調達可能である。

問題は、「お金システム」そのものに疑念の目が向け始められているというところにある。今我々の知っている「お金システム」は、普遍的なものでも、永続的なものでもない。衰退への変化は徐々に、そして崩壊するときには一気に崩壊するというのが、複雑化したシステムが抱える宿命である。

地縁でも血縁でもない、「新しい形の大家族」を形成する能力は、次の時代に「次の時代の勝ち組」を生み出す源泉として重宝されることになるのではなかろうか。

2012年3月13日

「ブーメラン」の破壊力

このままの生活が、今と同じ様なシステムが、この先もずっと続くわけがない。同世代の人たちとの個人的な会話において、こうした認識を示す人は驚くほど多い。みんな、内心では、今の延長線上に未来はない、と感じているようだ。

世間的にも、「何かおかしい」という風潮は、ここ1年で急速に人々の意識に浸透してきたような気がする。先日、書店をフラフラしていた時も、悲観的な近未来を描き出した著作が一気に増えてきたな、という印象を持った。帯には、でかでかと「国家のデフォルト」とか、「ハイパーインフレ」といった文言が並んでいる。

たとえば、マイケル・ルイスの『ブーメラン:欧州から恐慌が返ってくる』(文藝春秋、2012年)だ。ちなみに、この本の帯の文言は「メルトダウンツアーにようこそ!!!」である。


本書は、2008年の金融危機を見通し、サブプライム・モーゲージ債市場が崩壊する方に巨額の掛け金を注ぎ込み、一気に財をなした、テキサス州のとあるヘッジファンド経営者(カイル・バス)のエピソードからはじまる。彼が次に崩壊すると予測し、多額の掛け金をかけているのは国家だ。
カイル・バスによれば、金融危機は終わっていない。裕福な欧米諸国のじゅうぶんな信用保証能力によって覆い隠されているだけだという。わたしは金融危機の行く末について、バスと同僚たちが交わす意見にめまいを起こしそうになりながら、一日かけて耳を傾けた。個別の債権の崩壊など、もはや話題にはのぼらない。ここで話されているのは、世界のあちこちで国家が崩壊しつつあるということだった。(10頁)
カイル・バスが、一般市民に対してするアドバイスは、「銃と金(きん)」に手持ちの資金を投資せよということだそうだ。金は先物ではなく、現物の金だといい、机の引き出しからばかでかい金塊を取り出し、どんと置いたという。

さらに、米国の5セント玉を2000万枚買ったという。その理由は、「5セント玉に含まれるニッケルや銅の価格には、6.8セント分の価値があり、これから2年以内に、きっと5セント玉の金属含有率が変わる」と予測しているためだ(17-18頁)。

そんな彼と、彼の仲間が、最も多くの資金を破綻の側にかけているのが、日本とフランスだという。そして、人里離れた数千ヘクタールの土地に、広い屋敷、水道設備、軍用の自動小銃と狙撃用ライフルと小型の爆薬を納めた武器庫を作って、「その時」に備えているらしい(19頁)。

何もそこまでしなくても……、という声とともに、このテキサスのヘッジファンド経営者は、少し「狂って」いるのではないか、という感想も聞こえてきそうである。

とはいえ、こうした近未来予測は、特段新しいわけではない。特に、石油ピーク問題を憂慮してきた人々にとっては、かねてから主要な話題として取り上げられ、懸念が表明され続けてきた。

極めて単純化してその懸念を要約すれば、「数々の研究が指摘しているように経済成長とエネルギーの投入量とには極めて深い関係があり(この点については、ストローンによる『地球最後のオイルショック』の第5章が詳しい)、石油の生産量がピークを迎え減耗局面に入るようになると、経済成長も難しくなる。金利を組み込んだ現行の金融システムを維持するためには、少なくとも金利分の経済成長が宿命づけられているが、有限地球において金融システムが要求する無限成長は不可能であり、投入可能なエネルギー量が頭打ちになるにつれ、金融システムも崩壊することになるであろう」ということになる。

最近『ネイチャー』誌に掲載された論考が指摘しているように、原油生産の転換点は2005年頃だったという見解を真摯に受け止めるならば、その影響がグローバル化した金融システムを直撃するのは「時間の問題」だと考えるのは、それほど「狂った」思考とは言えなそうだ。

『ブーメラン』というタイトルは、副題が示しているように、米国発のサブプライム・ローン危機が欧州に渡り、欧州では国家デフォルト危機として顕在化し、その危機がブーメランのようにまた米国に戻りつつあるという状況を指した言葉である。

おそらく、この「ブーメラン現象」は、不可避なのだろう。議論が分かれるのは、この「ブーメラン」がどれほどの破壊力を持っていると見積もるか、ではないだろうか。場合によっては、少なくとも北半球の経済をメチャメチャにしてしまうほどの破壊力を持っている可能性もある。

この次の危機が、「国家」を壊すものだという予測が現実化するのならば、(壊れてしまう「国家」の国民にとって)「国家」に救済して貰うというシナリオは期待薄である。そう考えるならば、個々人がそれぞれ「ブーメラン」の到来時期とその破壊力を見積もり、対応策をとっていくということになるだろう。

自分の「国家」は、残るのか、壊れてしまうのか。壊れてしまうとすれば、どう対処しようか、というわけだ。

さて、結局のところ「狂って」いるのは、「ブーメラン」の存在とその破壊力の甚大さを信じる人々なのか、それとも「ブーメラン」程度ではびくともしないと現行の金融システムの存続を信じる人々なのか。

2012年3月7日

この世で一番好きなのは……

2歳の娘の寝かしつけ役は、たいてい私の役目。この役目は、とても気に入っているし、自分にとっても大切な時間となっている。

寝る前には、娘セレクションの絵本数冊を読むのが日課になっている。いくつかのお気に入り絵本があるが、娘も、そしてそれ以上に私が好きなのが『ぐりとぐら』シリーズ。読んでいて、とてもテンポがよく、気分がいい。

その中に出てくる、おきまりのフレーズ「この世で一番好きなのは、お料理すること、食べること」は、娘も気に入っているらしく、たまにひとりごとのようにつぶやいている。


子供の成長を見ていると、教育についていろいろと考えてしまうが、最近は少し前のエントリーでも書いた「農的な教育」というのに興味を持っている。「農業」に関する教育ではなく、「農的なアプローチ」による教育という意味だ。

この概念を知ったのは、ケン・ロビンソン卿のTEDでのスピーチだったが、詳しい内容は彼の著書『才能を引き出すエレメントの法則』(祥伝社、2009年)でも触れることが出来る。

この本で述べられている「エレメント」という概念が興味い。あえて数式で表すなら、次のようなものだろう。

エレメント = 好きなこと × 得意なこと

このエレメントを見つけ出し、時間も忘れてそのことに「ハマる」ようになれば、関連する能力は一気に伸びることになる。この「ハマった状態」とは、チクセントミハイの言う「フロー体験」のことだろう。

今の段階で、教育として、自分の子供に望むこと、してあげたいと思うことは、この「好きなこと」と「得意なこと」に気づかせてあげることだ。その後は、子供に任せようと思う。

自分が本当に「好きなこと」と「得意なこと」。この2つが出会う領域を自覚的に認識できるようになれば、後のことは何とでもなる、と思っている。

結局は『ぐりとぐら』だ。要は、「この世で一番好きなのは……」の後半部分を、自分できちんと埋めることさえ出来ればいい。

今のところ娘は、絵本のフレーズ通り「お料理すること、食べること」と口ずさんでいるが、そのうち娘オリジナルの「この世で一番好きなのは……」を見つけてくれることを期待する。

親としては、そのための邪魔をせず、より高いレベルで「この世で一番好きなのは……」を見つけるための環境を整えてやりたい。このプロセスの中にこそ、教育の本質が潜んでいるような気がしてならない。

2012年3月6日

シリア情勢を知るためのもう一つの視点

シリアで反体制運動が本格化してから約1年が過ぎた。ここ数ヶ月は特に事態は緊迫しており予断を許さない。一般市民の犠牲者数も急激に増加しているようだ。

アラビア語メディアはもちろんのこと、欧米のメディアでも関連ニュースが連日のように報じられている。シリアの成り行きは、域内のパワーバランスのみならず、広く国際関係全般にまで影響する可能性が高いため、当然といえば当然である。

シリア情勢をめぐっては、マスメディアのみならず、いわゆる「市民ジャーナリスト」経由でも情報が全世界に向けて発信されている。フェィスブックやユーチューブなどに、動画も多数アップされている。これらは、当事者の視点からの情報だと言えるだろう。

そんな中、私がシリア滞在中からずっとお世話になってきた山崎やよいさんが、ブログ形式でシリア関連の情報を発信しはじめた。山崎さんは、20年以上、シリア第2の都市アレッポをベースに活躍されている考古学者である。

シリアで20年以上暮らし、シリア人の旦那さんと結婚し、シリアで子育てをし、シリア人社会の中で生きてきたからこその視点が、新しく開設されたブログから伝わってくる。マスメディアで生きるジャーナリストとしての視点でもなく、シリアに生まれたシリア人とはまた違った形での「当事者」である、山崎さんならではの視点から見るシリア情勢はとても興味深いものがある(しかも、日本語で読めるというのは貴重だ!)。

とても悲しいことに、山崎さん最愛の旦那様(素敵な考古学者夫妻であった!)は、つい先日、突然と他界された。山崎さんのブログは、その悲しいエピソードから始まっている。

是非、一度、「シリア情勢を知るためのもう一つの視点」を通してシリア問題に触れてみて頂きたい(週に数回のペースで今後も更新されていく予定)。


<山崎やよいblog>
http://yayoi-yamazaki.blogspot.com/

※第1回目のエントリー「シリア、第二の祖国」から読み始め、一番下にある「次の投稿」を順にクリックしていくと、時系列を追いながら読むことができる。

2012年3月5日

ミニマリズムに惹かれる若者たち

手元にあった雑誌『クーリエ・ジャポン』をパラパラとめくっていたら、欧州の「脱成長」の話とセットでミニマリズムを実践する若者たちの記事が目にとまった。

「『100品』だけで暮らす"ミニマリズム世代"の肖像」『クーリエ・ジャポン』(2012年4月号)、112-115頁。

記事で紹介されているヨーロッパの若者は、みなモノをほとんど所有していない。自転車以外の持ち物全てを2つの工具入れに収まるようにするのが目標と語っている22歳の大学生も紹介されていた。

「もし家が燃えそうになったら、あなたなら何を持ち出しますか?」という質問に対し、持ち物を写真で納めて紹介しているサイト(http://theburninghouse.com/)を取り上げていた関連記事も面白かった。写真は、このサイトに掲載されていた、27歳のオランダ在住Interior Architectの場合から。


この記事の分析によると、「今日の20代の若者は一定の場所に落ち着く傾向が低く、住宅ローンを組むこともなければ、長期雇用を目指したりもしない。稼いだお金で世界のほんのちっぽけな場所の所有権を獲得しようとするよりも、移動しやすい状況を作り、より広い世界を見ることにお金を使う傾向があるのだ」(114頁)ということらしい。

こうした価値観は、まだまだメインストリームになっているとは言えないが、こうしたライフスタイルに共感する人々は確実に増えているように感じる。実際に、自分の周りには、こうした価値観を実践しようとしている人は多いし、自分自身も「所有物を減らす」という取り組みはここ数年来段階的に実施してきた(今年はさらに一段と加速化させる予定である)。

気の合う友人が家に泊まりに来たときなどは、夜な夜な「大きなスーツケース1つに入るくらいに自分の荷物を減らしたいね」という話で盛り上がる。何かあってもパタパタと荷物を詰めてたたんで、サッと移動できる身軽さをいつでも整えておこうね、という話になる。

この話題とセットでよく語り合うのが、「働き方」というテーマだ。こちらもお酒やコーヒーを飲みつつ、「職業が1つである必要なんて全然ないよね」とか、「その時その時でいろいろな生活の糧の得方があっていいんじゃない」とか、「一つの都市や国や場所にとらわれることなく、どんな場所でも、どんな環境でも生きていける逞しさを身につけたいよね」なんて話になることが多い。

不透明な将来に対する備え方はいろいろだと思う。要塞のような「自分の城」を築いて、どんな嵐にもびくともしないような環境を整えるという方法もあるだろう。その場合、必然的に場所に縛られることになる。

他方、このミニマリズムの記事に紹介されているような価値観の延長線で生き延びようとする戦略もあり得るだろう。「重装備」をかためることなく、柔軟性と環境適応力を最大限に追求し、身軽に生きる「ノマド型」の適応戦略とでも言える方法だ。

どんな方法でもいいと思う。人には適正がある。無理をしたところで、長続きしないだろう。自分が心地よいと思うやり方を追求すれば良い。ただし、この先「悪天候」が待ち受けていることは間違いなさそうである。その覚悟だけはもって、できる準備を進めていくことにしたい。

2012年3月1日

狩猟採集生活の生存戦略

「現代文明は早晩、大規模な変革を迫られることになるだろう」。こう主張する人の中には、ほとんど「崩壊」とでもいうべき形で、今の「当たり前」が成り立たなくなる世界がやってくると警告する者も少なくない。

確かに、石油ピークが顕在化することになると、現行の経済システムが成立しなくなる可能性が高い。世界は大混乱の渦に巻き込まれることになる、というのは十分にあり得るシナリオだ。

「崩壊論者」の将来シナリオの1つとして、こうした混乱の先に待ち受けているのは、「新たな原始時代」ではないかとの予測がある。つまり、ある種の「狩猟採集生活」が余儀なくされ、自分の家族の食い扶持は自分たちで確保する、自給自足を基本とする世界、そして「万人の万人による闘争」が繰り広げられる弱肉強食の世界が訪れるのではないかという予測である。

私の関心の1つに、こうした生きるか死ぬかというような厳しい社会環境下で、人と人との関係性を作り出す規範(行動原理)は何か、というものがある。そこでは「闘争」が行動原理の基本を占めるのか、それとも「協力」の余地はあるのか、という問題だ。

そんなことを考えていた矢先、たまたま観たNHKスペシャル「ヒューマン なぜ人間になれたのか:第4集 そしてお金が生まれた」が面白かった。

番組では、カメルーンの先住民で未だに狩猟採集生活を行っているバカ族の生活が取り上げられていた。興味深いのは、バカ族に根付いている規範であり、行動原理だ。

この部族は、自給自足と狩猟採集によって生活を成り立たせている(したがって貨幣を必要としない)が、家族単位で生活をしているわけではない。数家族が集まってコミュニティを形成している。

狩りに出れば、獲物を仕留められた者も、仕留められなかった者も出てくる。獲物を捌くのは、その動物を仕留めた人が担当することになっているが、その際、獲物を仕留められなかった者の家族の分を含めて、キッチリと均等に分配するという。

獲物を仕留めた者が多くを取り、仕留められなかった者はゼロ、ないしは雀の涙程度の「おこぼれ」を貰うという仕組みではない。面白いのは、仕留めた者が、誰からも強制されることなく「自発的に」自分を含め均等に分配するという点だ。

番組の説明によると、これが最適な「生存戦略」なのだという。いわゆる「ガメてしまう人」は、仲間から蔑視の対象になるためだ。「ガメる人」や「ガメる家族」は、その一時は食料にありつけ生命を維持することができるかもしれないが、ごくごく近くにいる人から妬まれやすいし、蔑視の対象にもなりやすく、こうした感情が高じることになると、コミュニティの成員から命を狙われる事態に発展するかもしれない。

長期的な「生存戦略」を考えるならば、「裏切り」よりも「協力」を選んだ方が、より生存確率が増すといったところだろうか。つまり、こうした原始的な社会においても、ただ単に「闘争原理」のみが支配するのではなく、仲間内、コミュニティ内では、ある種の「協力」が芽生えうるということだ。

われわれは、狩猟採集生活と聞くと、自分の食い扶持は自分でとか、弱肉強食の世界というイメージを持ちやすい。しかしながら、どうやら人間社会というものは、それほど単純にできているわけではなさそうだ。

「闘争こそが次の時代の規範であり、人々の行動を支配する唯一の原理なのだ」と言われると、なんだか身も蓋もない話になってしまうが、「協力」やコミュニティ形成の余地があるという話であれば、創造的な思考の余地が残されていそうである。

これまでの人類史が示しているように、コミュニティ「間」では、相変わらず暴力による闘争が繰り広げられることになるのかもしれないが、コミュニティ「内」では、たとえ政府のような上位権威が存在しなくてもある種の「協力」を見ることができるというバカ族の事例は、次の時代を考える上でも示唆的である。

ここで疑問として生じるのは、人間同士の協力を引き出すことのできる「コミュニティの規模」の上限はどの程度までなのか、という問題である。番組で取り上げられていたバカ族は、せいぜい数家族程度のコミュニティであったが、それよりも大きな規模でも「自発的な協力関係」を引き出すことができるのだろうか。

簡単に答えを出せる問題ではないが、人間の本性に迫るうえで重要なポイントだと思う。そして、この「自発的な協力関係」を引き出し、ある種の「秩序」を発生させることのできる最大規模のコミュニティは、次の時代の「社会の構成単位」として大きなカギを握るような気がしてならない。

2012年2月26日

農的な教育を!

ケン・ロビンソン卿の有名なTEDのスピーチでは、彼の「教育革命」(改革では不十分であり、革命が必要だとしている)に対する熱い想いとビジョンを知ることができる。

 彼のスピーチ(2006年バージョン)は、TEDの中でも特に人気があり、2012年2月現在で約900万回弱視聴されている。その後、2010年に2度目のスピーチを行っており、こちらも約225万回視聴されている。実に多くの人が、教育について関心を持っており、現行の公教育システムに違和感を感じているということではないだろうか。

 現行の公教育システムの原型は、産業社会(工業化社会)の要請によって作られ、カリキュラムがデザインされてきた。工場で働く労働者を養成するためのシステムが原型になっているということである。

 学校での時間の進み方を見てみればそのことはすぐにわかる。チャイムからチャイムまでは1つのことだけをし、次のチャイムまでの10分間休憩したら、また同じ時間1つの授業のみが行われる。20分休んで、授業をやって、チャイムからチャイムまでは昼休みで……、という具合だ。これは、工場で労働者が従うと効率的な時間の区切り方と進み方であり、公教育を通してこうした時間感覚と思考様式がすり込まれていくことになる。 

こうしたあたかも工場で「ねじ」を生産するかのような、画一的な人材を作り上げていく「工業的教育」は、産業社会、工業化社会を牽引していくのには適していたのかもしれない(そのために作られたのだから、適していて当たり前だ)。工場で少しでも規格からずれてしまった「ねじ」が不良品として排除されていくのと同じように、現行の公教育システムの画一化から外れるような人は、社会のメインストリームから排除されてしまう空気すらある。

しかし、学校で教えられるような形の「知」は、人間が持っている可能性のごく限られた部分にしか働きかけない。大学受験で問われる内容の出来・不出来で序列が決められていくが、そんなものは人間が持っている能力のほんのわずかな部分を測定しているに過ぎない。まして、これからの社会を担っていく人材を養成したいと思ったら、こうした工業的教育は全くなじまないどころか、人々の創造性を殺してしまっており、むしろ有害である、というのがケン・ロビンソン卿の主張だ。

産業革命以前は長く農業の時代が続いたが、この時代に今のような「公教育」は存在しなかった。したがって、農的な公教育というのはどういったものか、その形を見たことがない。とはいえ、これからの公教育は、「農的」(有機的)な教育にしていかなくてはいけないだろう。ケン・ロビンソン卿は、こういう提案もしている。

工業によって生産される「ねじ」が人工物であるのに対し、農業が生産しているのは人工物ではない。もちろん、人の手は加わっているので、自然状態ではないが、人工物とは言えないだろう。

作物はみな、種の段階で、実に個性豊かで多様な性質がすでにプログラムされている。 しかし、種は、適切な環境においてやらなければ発芽することがない。発芽した後も水やりをしたり、間引きをしたりと、人が手間ひまをかけてやらないと枯れてしまう。

農夫がやっているのは、それぞれの種が持っているポテンシャルを存分に引き出してやるための手助けである。 教育も同じというわけだ。人にはそれぞれ、実に個性豊かで多様な才能がすでにプログラムされている。人によって、得意なもの好きなものが違って当たり前だ。

教育とは、こうした豊かな才能をあたかも工業製品を作るかのように画一化していくのではなく、各人の可能性をめいっぱい引き出してやるための手助けをすることではないだろうか。おそらく、ケン・ロビンソン卿が言う「農的な教育への革命」とはこういう意味だろう。 

こうした教育革命は、大人たちの意識が変わらない限り実現させることはできない。今の大人たちは、程度の差こそあれ、基本的には工業的教育を施され、工業的教育の判断基準でふるい分けされてきた。

しかし、自分に適用された価値観と人間の判断基準を、子供たちに押しつけるべきではない。時代は変わろうとしているし、変わらなくてはならないからだ。大人たちが自分たちにすり込まれた価値観の呪縛から抜け出さない限り、次の時代を託すべき子供世代を育てることはできないだろう。 

(ケン・ロビンソン卿のTEDのスピーチは、日本語字幕付きで観ることができる。)



「学校教育は、創造性を殺してしまっている」

「教育に革命を!」

2012年2月22日

短編映画『There's No Tomorrow』

ローマクラブの報告書『成長の限界』が発表されたのは、1972年のことだった。テーマは、とてもシンプル。「有限地球で無限成長はあり得ない」というものだ。

あれから40年。楽観主義者は、今でも「無限成長」を信じている様子だし、技術が解決してくれるはずだ、市場が解決してくれるはずだという。悲観主義者は、「崩壊」は間近だと警鐘を鳴らし、「新しい原始時代生活」を覚悟せよという。

結果がどうなるのかは、わからない。なにをもって「崩壊」とするのかというのは議論の分かれるところだが、「崩壊」としか呼びようのない状態になるのかもしれない。真実は、両者の間にあるのかもしれない。

ただ、最近では、楽観主義者が減りつつあるような印象もある。「何かおかしいぞ」というわけだ。

そんな中、「成長の限界」を視覚化した短編アニメーション映画『There's No Tomorrow』(Dermot O' Connor監督)が公開された。地球の歴史からさかのぼって、人類とエネルギーとの関係について、そして今何が問題になっているのかをわかりやすく説明してくれる。

ただし、アメリカで制作された動画なので、内容がアメリカ中心に描かれている。それでも、問題の核心を知ることは出来る。

今後は、こうした動画の日本バージョンも作っていくべきだろう。ただ単に、「翻訳」をするということではなく、日本の文脈で構成を組み上げるという意味だ。

エネルギー分野、とりわけ自然を相手にするような再生可能エネルギーの領域では、成功事例の「模倣」をして新たな価値を付け加えるという「エミュレーション・モデル」(emulation model)はなじまない。その土地その土地によって、自然状況はみな異なるためだ。その土地に根付いた(その土地の自然状況を知り抜いた)人びとによって、ボトムアップで政策が練り上げられる必要がある。

いずれにせよ、最近公開されたこの『There's No Tomorrow』は、「研究内容を一般の人びとにどうすればわかりやすく提示することが出来るのか」という問題も含め、大いに参考になる。今のところ英語版だけ(日本語翻訳なし)のようだが、一見の価値がある。

2012年2月11日

イージーオイル時代の終焉:『ネイチャー』誌掲載の論評

石油ピーク論者が、かねてから主張してきた事柄をサポートするような論評が『ネイチャー』誌に掲載され話題となっている。

James Murray and David King, "Climate Policy: Oil's Tipping Point has Passed," Nature, Vol.481, 2012, pp.433-435.

この論評の指摘は、以下の図に集約されている。


MurrayとKingによると、2005年以前は、石油価格に対して原油の生産量は弾力性があったが、2005年を境に、弾力性を失いはじめているという。市場メカニズムが効きにくくなっているのであり、本来増えても良いはずの原油の生産量が伸びていないということだ。

つまり、イージーオイルの産出は、2005年の日産約7500万バレルがピークだったのではないかということを示唆している。2005年が「転換点」だったというわけである。

こうした指摘は、もう何年もの間、石油ピーク論者によって再三行われてきたものであり、特段新しいことはない。

ただし、『New York Times』紙は、この『ネイチャー』誌の論評を取りあげ、「2005年ピークオイル説と類似する議論は他の人びとによっても行われているが、世界でもっとも威厳のある科学雑誌である『ネイチャー』誌の紙面を飾ることは稀である」とコメントしている。

石油ピーク論については、もはやピークがあるかないかという議論はされていない。ピークはあるが、それは「いつか」という時期をめぐる議論が交わされている。もしかすると、この表現も適切ではないかもしれない。「交わされていた」と過去形にすべきなのだろう。国際エネルギー機関(IEA)を含め、主要な論者の見解に、大きな差異が見られなくなってきているためである。

今回の「2005年説」も、これまでの議論を追認するような格好となっている。イージーオイルの時代は終焉を迎えたのである。この先は、人類の未体験ゾーンである。人類史は、「右肩上がり」の経験は重ねていても、「右肩下がり」の「縮小局面」についてはよく知らない。

これからの未来は、過去からの類推では描けないということではないだろうか。こんな時代には、個々人の想像力と創造力がますます求められることになるだろう。

2012年2月8日

衰退する都市の姿:デトロイト

これまで大都市は人びとを吸収してきた。人びとは、こぞって、そして好んで大都市に移住してきた。20世紀は大都市の時代だったと言える。しかし、21世紀はそうではない。大都市は主役の座から降りることになるだろう。

問題は、どうやって降りるのかだ。緩やかにソフトランディングするというのが理想的かもしれないが、ある一点を境に一気に崩壊してしまう可能性もある。

大都市という存在を可能としてきたのは、安く大量にあった余剰エネルギーである。20世紀の場合、具体的にそれは石油であった。石油は常温で液体の流体燃料である。20世紀に確立された人やモノの流通ネットワークは、船舶、航空機、自動車であり、いずれも内燃機関を動力源としている。もちろん、そのエネルギー源は、常温で液体という特徴を持つ石油である。

20世紀型の大都市は、こうして誕生した物流のネットワークに支えられ、そしてそれを前提として成り立っている。中でも、アメリカの都市は、ニューヨークのマンハッタンなど、ごく一部の例外を除いてクルマの所有を前提として設計されている。

石油ピークが与える影響は、極めて多岐にわたるが(というかほぼすべてだが)、使用可能な余剰エネルギーの減少は、都市(なかでも20世紀的な大都市)の存続を脅かすものになるだろう。

大都市が衰退すると、一体どのような姿になってしまうのか。そんな近未来に起こり得る状況を考えさせる1つのケースは、現在のデトロイトのケースである。

(写真は、デトロイトにあるミシガン中央駅。http://www.time.com/time/photogallery/0,29307,1882089,00.htmlより)

デトロイトは、クルマ時代と共に誕生し、発展し、そして衰退し始めている。ピーク時に比べると100万人近い人がこの街を離れているという。そして、残留人口の大半は、経済的理由等で身動きできない状態だという。能力のある人、動ける人から動いてしまい、残ったのは動けない人というわけだ。

ユーチューブにアップされている無数のデトロイト関連動画を見ていると、大都市の落ちぶれていく姿を見てゾッとする。もちろん、石油ピークが顕在化した後の大都市がどうなってしまうのか、確定的なことは何もわからない。しかし、デトロイトから学べきを学ばないと、同じ道筋を辿ることになる可能性が高いのではなかろうか。

こうした状況の中、自分だったらどうするか。真剣に考えずにはいられない。

2012年1月29日

『官報複合体』

日米の新聞比較を中心としたジャーナリズム論の力作。


牧野洋『官報複合体:権力と一体化する新聞の大罪』講談社、2012年。

著者は元日本経済新聞の記者で、現在アメリカに在住しながらフリーのジャーナリストとして活躍している。本書の構想は、20年以上前に、著者がコロンビア大学のJスクール(ジャーナリスト養成のための大学院)に留学中に受けた「衝撃」以来暖めてきたものだという。

20年の時を経て本書が世に出た格好であるが、時節にかなっているのではないかと感じる。すでに日本でも「新聞社の苦悩」が多くの場所で指摘されるようになっているし、旧来から指摘されてきた「記者クラブ問題」も以前に比べれば多くの国民が知るところとなっている。

具体的なエピソードや事例が豊富であり、地に足がついた議論が展開されている。説得力もある。同様の問題意識から執筆された類書がゼロというわけではないが、ボリュームも内容も間違いなく「力作」である。

私自身の経験でも、本書と同様の問題意識や日本のマスコミへの物足りなさ感から、約5年ほど前からほとんどテレビを見なくなり、(紙の)新聞の購読をやめてから約2年が経つ。よく考えたら、インターネット経由でも日本のマスコミ報道をあまり読んでいないかもしれない。従来型の「メディア」や「ニュース」というものにあまり関心をなくしてしまったのだと思う。(マスメディアでなく、新しいメディアであるインターネットにしても、今後、接する時間をできる限り削りたいと思っている。)

本書を通して、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のユニークさとある種のすごさを知った。もっとも、著者も嘆いているように、2007年にマードック氏に買収されて以降、その輝きを失いつつあるのだそうだが。

そういえば、とあるシンクタンクで研究報告をした際、フロアのジャーナリストから、「構造的にみてマスメディアの凋落が避けられないと思われる近未来、ジャーナリズムはどうなると思うか?」という質問を受け、うまく答えられなかった経験があったことを思い出した。

本書を読んだ後でも、私自身、まだ明確な答えにたどり着けたわけではないが、「ジャーナリズムの必要性は近未来であってもいささかも減じることはない。むしろ、その重要性は増すだろう」という思いは強くなった。

やや残念なのは、本を売るためのマーケティングなのか、帯がやたらと扇動的な点だ。確かにそういった記述は本文中に見られるが、著者の丹念な議論の中心ではない。帯に引いてしまうことなく、一読すれば、その価値を感じられることと思う。

2012年1月19日

ドリカム・カード+ボックス

友人のライフスタイル研究家である内海裕子さんが、著書『手帳美人の時間術』(マガジンハウス、2009年)で、ご自身の手帳内に「ドリカム・ノート」なるものをつけていると言っていた。


曰く、その年にかなえたいことを、ノートに書き出しておくのだそうだ。このやり方を実践するようになってから、その年の終わりにドリカム・ノートを再び見返してみると、かなりのことが実現できているという。

ポイントは、「〜したい」ではなくて「〜する」、「〜になる」、「〜へ行く」など願望を書くのではなく、その願望が達成された状態を言い切り型で書いておくことらしい。

内海さんのオススメということで、去年は、手帳にドリカム・ノートを作って試してみた。そして、去年の暮れに見返してみると、確かにけっこうな割合で達成できている。積み残しもあるけど、達成できたものを横線で消していく作業はなかなか気持ちがいい。

これはいい、と今年もやろうと思ったが、今年は手帳も新しくして、時間管理やアイデアの整理方法など、デジタルとアナログをうまく使い分け、自分なりにカスタマイズする年と位置付けている。だから、手帳の使い方も、オススメをそのまま実践するのではなく、試行錯誤しながら自分のベストなやり方を探っている。

自分の中でドリカム・リストは、かなり重要な要素を占める。今年は、何かやりたいこと、行きたいところなどなど、少しでも願望が出てきたら、そのままにせず忘れないうちにすぐにメモをすることに力を入れたいと思っている。そのため、輪ゴムで止めたカードの束と万年筆を常に携帯している。ここに、思いついたことをドンドン書いていくのだ。

ということで、今年の方法は、ドリカム・ノートではなくて、ドリカム・カード。これだと、後から分類や操作が加えやすい。このカードを、カードボックスの専用の場所にストックする。そして、気が向いた時にながめて、思い出す。その際に、新たに思いついたことがあれば(実現の方法なども含めて)、カードに加筆する。

カードを使った情報管理は、何度かトライしたことがあるが、まだ、自分のものに出来ていない。全部を一気にやろうとするからダメなのだ。カードが適しているもの、そうでないものがある(はず)。私にとって、ドリカム・カードはなかなかよさそうだ。

ある程度ドリカム・カードが溜まってきて、眺め返してみると、自分という人を客観的に見直すことが出来そうだと期待している。あ、こんなこと考えてたのか。とか、こういうことが好きなのね、とか。

どの程度、ドリカムするか、楽しみにしながら今年一年を過ごすことにしたい。

2012年1月3日

シュリンキング・シティ

海外調査の空き時間に、最近の関心事である「都市論」に関する文献を読んでいる。そんな中、「シュリンキング・シティ(縮小する都市)」について取り組んでいる大野秀敏先生の著作が面白かった。大野先生は、2050年の首都圏の姿について「ファイバーシティ」というコンセプトを提唱されている。


大野秀敏+アバンアソシエイツ『シュリンキング・ニッポン:縮小する都市の未来戦略』鹿島出版会、2008年。

「石油ピーク」やエネルギー論の視点は、それほど勘案されていないものの、そもそもの問題意識として、①人口動態を冷静に分析すると2050年には4000万人の人口減が見込まれており、これは首都圏がすべて消えてもまだ足りないとてつもない数である、②地球は有限であり、いつまでも「成長」を続けることが原理的に不可能である以上、いつか「縮小局面」が訪れる、といったことが発想のベースとして提示されている。

これまでも、地方都市では人口縮小が起こっていたが、これは社会減であった。……(中略)……これからの縮小は国全体で起こり、大都市といえども無縁ではいられない。(8頁)
20世紀は成長の時代であったが、あまりに急激な成長によって、われわれは短期間のうちに成長の限界にまで達してしまった。それゆえ、21世紀は縮小の時代であり、これを解決するのが人類の課題である。(10頁)
これまでの都市計画の法体系、手法、実行組織、建築関連の法規、デザイン思想など、いずれも20世紀に形成されたものであり、膨張を前提にできあがっている。具体的にいえば再開発、区画整理、ニュー・ディール政策、ハワードの田園都市構想、ル・コルビュジエの現代都市構想など、いずれも地価の上昇、需要の無限成長を前提としているが、このような手法は現代ですら立ちゆかなくなっている。(16頁)
21世紀が縮小の時代だとするなら、縮小の時代の先鞭をつけた地域が最終的には21世紀文明の先頭に立つことになる。(17頁)

この本では、多くの識者が「シュリンキング・シティ」をテーマに、対談や論考を寄せているのだが、中でも特に「緑地」に関する言及は考えさせるものがあった。

日本の都市と欧米の都市の公園の面積を比べて、いかに日本の都市において緑地が不足しているかを示すかというのが、これまでの都市ビジョンのおきまりであったが、これからはあり余る緑の管理に苦しむだろう。……(中略)……庭園と農業は、今後、都市計画、建築を考える際に最も重要な課題になるだろう。(103頁)

これまで都市の住人にとって、緑地とは好ましいものとして捉えられてきたが、実際に都市が人口減などで縮小局面に入ると、管理放棄地が続出し、むしろ空き地、緑地の管理に苦しむことになるという。確かにそうだ。この点、石油ピーク論者は、食糧問題との関連から、キューバの事例などを持ち出し、「都市の空き地で有機農業を!」と提案しそうだ。

いずれにせよ、石油ピーク論者と、シュリンキング・シティを講じる建築家、都市計画家、研究者とは十分にコラボレーションの余地があると確信した。両者の間の相互交流で、この議論はますます面白いものになるに違いない。

2012年1月2日

バンコク:2012年元旦

バンコクにやってきた。いつ来ても、アジアの街らしい活気がある。屋台文化が根付いている街というのは、そこで生活する人々の「下からわき上がってくるようなパワー」というものを感じさせる。力強い。底力がある。

2年連続で年越しをバンコクで過ごした。もっとも、大晦日は紅白を見た後、10時くらい(日本時間の12時頃)に寝てしまい、ベッドの中で半分寝ぼけながら花火の音を楽しんだだけだったが。

写真の初日の出は、滞在中のアパートの窓からのもの。街に出ると、元旦からどこもすごい賑わいだった。観光客も多いのだろう。国際色豊かだ。

去年から続く、欧州を中心とした経済危機。今年あたり、北半球を飲み込むかもしれない。いずれにせよ、この先数年、困難な事態が次々に表面化してくるに違いない。バンコクの人々は、持ち前の笑顔と逞しさで、来る困難を乗り切っていくのだろうか。そうあって欲しい。